新たなミュー株がWHO(世界保健機関)の注目を集めています。

8月30日、WHOは2021年1月にコロンビアで発見された変異体を「ミュー」と名付け、注目すべき変異体(VOI)のリストに追加したとのこと。

リスト入りした主な理由は、ミュー株に疑われる「ワクチン逃れ」の性質にありました。

8月13日に『The LANCET Infection Diseases』に掲載された論文によれば、新たなミュー変異株(vaccine-escape SARS-CoV-2 variants)は、ワクチンや抗体の効果を低下させることが知られている4つの変異(R346K・E484K・P681H・K417Nの4カ所)を全て備えていたからです。

これまでにも南アフリカで発見されたベータ株など、ワクチンの効果を弱めるような変異を起こした変異体が確認されていましたが、ミュー株ほどワクチン逃れの性質を強く持ってはいませんでした。

新たなミュー株に対して、私たちはどのように立ち向かえばいいのでしょうか?

目次

  1. 2回のワクチン接種を終えたグループで発生した死亡率33%のクラスター
  2. ミュー株の感染力と毒性はかなり高い可能性がある
  3. ワクチンが完全に無駄になるわけではない

2回のワクチン接種を終えたグループで発生した死亡率33%のクラスター

ワクチンが効きにくい可能性のある「ミュー変異株」とは?
WHOによってミュー変異体は注意すべき変異体(VOI)に加えられた / Credit:Canva . ナゾロジー編集部(画像=『ナゾロジー』より 引用)

ミュー株が起こした最もショッキングな例も、ワクチン逃れを疑わせるものでした。

7月から8月にベルギーの老人ホームにて、2回のワクチン接種を終えたはずの21人がミュー株に集団感染。

3分の1にあたる7人が死亡してしまったのです。

現在猛威を振るっているデルタ株でも、ワクチンの効果を突破して死亡に至るケースが報告されていますが、ワクチン未接種者に比べると、死亡数は50分の1ほどまで減らせるとされていました(日本の場合)。

しかしベルギーで起きたミュー株によるクラスターでは、同じような死亡の抑止効果はみられませんでした。

データが小規模であるため、この事件だけでミュー株の危険性を判断するには十分ではありませんが、既存の変異株とは大きく異なる傾向が現れたのは事実です。

8月13日に『The LANCET Infection Diseases』に掲載されたミュー株を分析した論文では、将来的にはミュー株のようなワクチン逃れの変異体の出現は避けられないと述べられています。

現在、ミュー株の占める割合は感染者全体の0.1%(デルタ株が99%)に過ぎないながらも、ワクチン接種が進めば、ワクチン逃れの能力を持ったミュー株が有利なる環境ができあがるからです。

問題は、ワクチン逃れの能力を持つミュー株が、どれほどの毒性と感染力があるかです。

ミュー株の感染力と毒性はかなり高い可能性がある

ワクチンが効きにくい可能性のある「ミュー変異株」とは?
変異表記のよみかたは簡単 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部(画像=『ナゾロジー』より 引用)

ワクチン逃れの能力を持つミュー株に、デルタ株のような強い毒性や感染力があるのか?

プレプリント中の論文によれは、ミュー株にはイギリスで発見されたアルファ株と同じくP681Hと呼ばれる変異があり、オリジナル株よりも強い感染力や毒性を持つ可能性があるとのこと。

またミュー株には機能不明のR346KやY144Tと呼ばれる変異があることも判明しており、さらなる分析が求められます。

現在、ミュー株の感染は日本を含む40カ国以上で確認されています。

ワクチン接種が進んでいるアメリカでも、7月下旬の段階で、マイアミ大学で分析された感染者のサンプルのうち、10%がミュー株であるとの報告がなされています。

ワクチンが完全に無駄になるわけではない

ワクチンが効きにくい可能性のある「ミュー変異株」とは?
ワクチンを接種して感染者の母数を減らせれば変異も抑えられる / Credit:Canva . ナゾロジー編集部(画像=『ナゾロジー』より 引用)

今回、WHOにより注意すべき変異体(VOI)のリストにミュー株が加えられました。

WHOはリスト入りした変異体に対して各国に情報収取を要請することができるため、遠くない将来、ミュー変異株の感染率や毒性が明らかになるでしょう。

では、ミュー株のような厄介な変異体を、今後出現させないためにはどうしたらいいのでしょうか?

ここで注目すべき事実は、ミュー株が発生した1月のコロンビアでは、ワクチン接種がほとんど進んでいなかったという点があげられます。

つまりミュー株の誕生そのものは、ワクチンに対抗した結果というわけではなく、偶然発生して広がった株が、たまたまワクチン逃れの変異を含んでいたと考えるのが妥当です。

ウイルスの変異はランダムで発生するため、人類に危険な変異体がうまれる頻度は、母数である感染者数に依存します。

そのためワクチン接種によって母数を叩くことができれば、変異そのものを減らすことが可能になるのです。

全人類のほとんどがワクチン接種を終えた未来の世界では、研究者たちが予測するように、今度こそ本当にワクチン逃れのための変異(選択圧)が発生する可能性はあります。

しかし現在、多くのワクチン未接種者がいる状況では、ワクチン接種を加速させ、母数を叩くことが変異体の発生を抑制する最善の策と言えるでしょう。


参考文献

New ‘mu’ coronavirus variant could escape vaccine-induced immunity, WHO says

COVID-19 Weekly Epidemiological Update

元論文

Rapid genome sequencing in hospitals to identify potential vaccine-escape SARS-CoV-2 variants


提供元・ナゾロジー

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