ビスポーク靴という言葉を日本人が知るきっかけのひとつが「南仏プロヴァンスの12か月」で知られる英国人作家、ピーター・メイルのエッセイ『贅沢の探求』だと言われています。スーツやシャツ、そして靴もフルオーダーで楽しむことを、札束を着ているとか、札束で足をくるんで歩くなど独特の表現しながら、決して否定的ではありません。
現代では様々なテクノロジーを駆使して、オーダーに近い既成靴(レディメイド)も手に入れることが出来ます。しかも履き心地もいいと。しかし、人の手や、熟練の技など数値化できないものでしか出来ない領域があることも事実です。『創造』という言葉がふさわしいかも知れません。
ピーター・メイルによると『贅沢は気持ち』なんだとか。必要なもの、実用的なものだけで人生という旅は楽しめるのでしょうか。そのためにもビスポークとはなんぞや?を調べてみる必要がありそうです。
ビスポークという言葉の意味すること、趣き、佇まい
意味するところは『完全注文=お誂え』。フルオーダーと同じです。詳細は後に譲るとして、お客様本位のモノ作り(ここでは靴作り)、採寸、素材選びなど経て世界で唯一のものを作り出します。製造ではなく創造、Product ではなくCreateというニュアンスがふさわしいかも知れません。
その語源ですが、特定の指示に基づいて注文された何らかのもの、形容詞「bespoke」の音写となります。お客様と話しながら作っていく、会話を楽しむという様子を表したものです。熟練の職人を抱える老舗で使われる、古い表現という側面もあります。現代ではカスタムメイドと言われることが多くなっているようですが、趣きの違い、感じますね。
以下にビスポークの製作工程を整理してみました。メーカーやブランドによって多少違いはあるようですが基本的には大差ありません。肝心なのは『よく話し合うこと』です。
もっとも大切な時間、相談~談笑。
もし初めての体験であればなおさら、既に経験があっても大切にしたい時間です。初めての場合、お店側も詳しい情報が欲しいので、お互いの不明な点や、不安な事柄はこの時点で解消しておきたいものです。これまでの靴遍歴、これから作りたいデザイン、素材、どのような場面で履きたいのか。細かいことでも伝えるようにします。
といっても緊張しすぎるのは禁物です。お店によっては軽いアルコールを用意している場合があります。あなただけのサロンだと思ってください。談笑の中から良いアイディアや提案が生まれるものです。
ビスポークの扉が開きます。採寸~カルテ作り
メーカー、ブランドによって採寸する方法は様々ですから、ここはお店に任せます。人の足は左右対称ではありません。様々な角度から測っていきます。ここで興味深いのは、単に採寸しているのではなく、足の形や変形具合い、柔らかさなども確認するのだそうです。いわば触診ですね。
また足の長さも左右で違う場合が多く、ソールの片減りが生じるのだそうです。よく履いている靴を持参すると、そのような不具合も調整を施してくれます。そうしたことが整理されて顧客情報(カルテ)が出来上がります。
製作が始まります。木型作り~仮フィッティング。
情報をもとに、まずは木型を削り出します。この木型はお客様だけのもの、記名またはシリアル化され、多くはメーカーに保管されます。ウッドブロックを機械で大まかに削り、細かい作業はすべて手作業、職人ならではの呼吸や頃合いが完璧な木型に結びつきます。
次は仮のフィッティングへ進みます。テーラーで言えば仮縫いと言ったステップです。しかし靴の場合、この時点での良し悪しや不都合は分かりづらいと言います。担当者の説明をよく聞き、イメージを膨らませましょう。信頼することもビスポークの醍醐味です。ですが、どうしても気になることや気付いたことがあればしっかり伝えることです。
製作。完成に向けて。
修正が必要であればそれらを施し、仮止めしていたパーツを縫い込んでいきます。アッパーを縫いつけ、専用の器具で吊り込み、仕上げまで全て手作業で行います。要望に応じてメダリオンが打たれ、男前のバックルが用意されます。精悍さと色気が立ち上ってくるようです。完成に近づいてきました。
最終フィッティング~微調整。
9割以上完成です。お客様との最終フィッティング、緊張が走ります。合わせる予定のスーツまたはパンツで臨みましょう。完成のイメージが広がります。気になる箇所があれば最終調整が可能です。遠慮なく相談しましょう。
ついに納品です。
微調整をし、インソックまたはアウトソールに刻印などを入れ、シューツリーをはめ込みます。入念に磨き上げれば納品となります。ここまでに3か月から1年程度の期間がかかります。数週間履きならしたら、メンテナンスも含めて担当者の元へ。不都合はないか、また満足しているところはどこか、またまた話しが弾みます。
いつかは、ビスポーク。厳選日欧4ブランド。
スピーゴラ(日本)
代表は鈴木幸次さん。1976年、神戸市に生まれ、靴のパタンナーである父親の跡を継ぐため、22歳で渡欧します。しかし、フィレンツェでロベルト・ウゴリーニ氏に出会い、パターン(型紙)作成から手縫い靴の製作に転向を決意します。3年間の修業を経て2001年4月に帰国、神戸市長田区で父親の工房を間借りして、自らのブランド『スピーゴラ』としてビスポークの製作に取りかかります。
自身の作品について以下のように評しています。「鋭角さやシャープさを採り入れ男らしいセクシーさを見せながら、飽きずに長く履いていただけるよう、あくまでベースはクラシックにという狙いで、悩みながら出来あがった木型です。少しスマートかもしれませんね。」なんとも艶やかな作品たちです。
価格:34万円~ 納期:1年程度
マーキス(日本)
2002年に渡英した川口さんは、英国靴の聖地ノーザンプトンにある公立の靴職業訓練校で靴づくりを学びます。在学中に訪れた「Shoe Museum」で、19世紀初めにつくられたハンドソーンウェルテッドシューズと運命の出会いがありました。その影響から、力強さと繊細さを兼ね備えた英国の伝統的なクラシックシューズづくりを追求することになります。
2003年から、ジョージ・クレバリーやジョンロブ・パリの靴職人であったポール・ウィルソン氏に師事。木型製作から底付けまですべての工程を学び、3年半後に独立します。さらにフォスター&サン、エドワード グリーン、ガジアーノ&ガーリングなどビスポーク靴店のアウトワーカーとして研鑽を重ね、2008年に帰国。自身のブランド「MARQUESS(マーキス)」を設立しました。
価格:32万円~ 納期:1年程度
ジョンロブ(英国)
ジョンロブは、150年以上ビスポークシューズを作り続けています。ビスポークシューズを作る上で一番大切なこと、それはお客様とジョンロブの職人との信頼関係です。製作のすべての過程でご要望をお伺うようにしています。
カジュアルファッションの寵児とも言うべきNIGOがジョンロブのビスポークシューズを『まるでスニーカーを履いているようだ』と興味深いコメントを残しています。既成靴でさえ、相当の存在感があり、威厳さえ感じます。そのビスポーク、丸の内店でも受注可能です。
価格:100万円~ 納期:8カ月程度
ステファノベーメル(イタリア)
ステファノ・ベーメルは19歳で靴の修理工を始め、「天才アルティジャーノ(職人、工芸家)」と呼ばれていました。大の親日家としても知られており、プレタポルテの第一号店も日本で開くほどでした。しかし2012年仕事中に倒れ、48歳の若さで亡くなります。
その後新たなオーナーの傘下のもとで、良質な靴作りを続けています。また同社にはスミズーラ部門を牽引する、日本人職人の井俣 久美子氏(写真左)が在籍し、年に数回日本での受注会を開催しています。
価格:150万円以上 納期:1年半程度