人は運動するとき、心の中でも身体の存在を感じています。
この「心の中の身体」は100年近く前から存在する古い身体概念で、すべての運動に対して共通に用いられ、脳内に1つだけ存在しているというのが定説でした。
ところが、東北大学大学院情報科学研究科の松宮一道教授は、「心の中の身体」が通説と異なり、1つではなく複数あることを明らかにしたといいます。
研究によると、「心の中の身体」は運動の種類に応じてそれぞれ存在していて、運動機能障害などの症状にも関連しているようです。
研究の詳細は、2022年1月17日に科学雑誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載されています。
心の中で感じている身体は一つじゃない
私たちは身体を動かすとき、何かに触れていなくても、自分の身体の部位がどういう状態でどの辺りにあるかということを意識の中で理解しています。
これは私たちの心の中に、現実と重なるようにもう1つの身体があるためです。
達人が紙一重で敵の攻撃をかわせるのも、逆に目測を誤ってタンスの角に小指をぶつけてしまうのも、心の中の身体が作用しているためと言えるでしょう。
こうした心の中で感じている身体は1つだけであり、あらゆる動作を行う際に共通して利用されているというのが、これまでの定説でした。
しかし、新たな研究は、心の中の身体は1つだけではなく、動作に応じて複数用意されている可能性を示したのです。
研究では、バーチャルリアリティ(VR)技術を使って、複数の運動を行っているときの心が感じている身体の位置を計測しました。
具体的なタスクとしては、目隠しした状態で、自分の右手の形を左手と目線でそれぞれ描いてもらう、というものです。
実験では、自分の右手の各部位(指先や関節などの位置)を左手の指先と、視線で指し示してもらいました。
すると、目で指した右手の形に比べて、左手で指した右手の形が歪んでいることがわかったのです。
これは運動の種類に応じて、心の中で感じている身体が異なっている(2つある)という状態を示していると考えられます。
心の感じている身体は1つ、という考えは1世紀近くの間、定説となっていましたが、今回の成果は「心の中の身体」という概念に修正を迫る画期的な成果だと言えます。
脳卒中などに伴う運動麻痺を起こした患者は、リハビリテーションによって運動機能が回復しても、機能向上効果が持続せず、運動機能障害を患うようになることが多々あります。
こうした患者は「心の感じる身体」について異常が生じており、これが運動機能障害を克服するための鍵を握っている可能性が指摘されています。
患者の主観にしか存在しない「心の中の身体」を可視化する今回の研究は、そんな運動機能障害の治療においても、役立つことが期待されています。
参考文献
約100年も信じられてきた身体概念を修正 〜運動するときの「心の中の身体」は一つではない〜
元論文
Multiple representations of the body schema for the same body part
提供元・ナゾロジー
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