世間の関心は非常に高いものの、研究者たちはまだ脱毛を止める方法、あるいは増毛する効果的な方法を見つけ出せていません。

もちろん、そうでないと主張する製品は無数に販売されていますが、その大半は気休め程度で、来たるべき事態をほんの少し遅らせるだけです。

それでも研究者たちは、薄毛の問題を根本から解決する方法を模索し続けています。

最近注目すべき成果は、アメリカの新興企業・dNovo社が、再プログラムした幹細胞を使って、マウスの皮膚にヒトの毛髪を生やすことに成功したことです。

この技術は数年前からありますが、以前は数本の毛がちょろちょろと生える程度でした。

しかし今回は、マウス皮膚の一区画にフサフサと毛が生えそろっています。

目次

  1. 普通の細胞を「毛をつくる幹細胞」に再プログラム

普通の細胞を「毛をつくる幹細胞」に再プログラム

髪の毛が生える仕組みは、驚くほど複雑です。

髪の毛は、皮膚上に生え出している「毛幹」と、皮膚中に隠れた「毛根」に分けられ、毛根の深部は「毛包」に包まれています。

この毛包の中に髪をつくる「幹細胞」があり、数種の細胞間の分子クロストークによって毛を成長させていきます。

しかし、加齢を中心に遺伝的不運などによって、毛包の中の幹細胞が殺されてしまいます。

この幹細胞がなくなると、髪の毛も育たなくなるのです。

マウスの皮膚上で「フサフサの人間の毛髪」を生やすことに成功
(画像=毛根を包み込むのが「毛包」 / Credit: jp.depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

これに対し、dNovo社は、普通の細胞を遺伝子操作で再プログラムすることにより、毛をつくるための幹細胞に変えるというアプローチを取ります。

同社CEOのエルネスト・ルハン(Ernesto Lujan)氏によると、細胞は生物学的に固定されたものではなく、一つの”状態”として理解できる、という。

そして、どんな細胞でも遺伝子のパターンを変えることで、ある状態から別の状態に押し上げることが可能と話します。

dNovo社は今回、血液や脂肪細胞などの他の細胞を再プログラムし、どんな種の組織でも形成できる幹細胞に変えることで、毛包を作り出しました。

そして、この毛包をつくる幹細胞をネズミの皮膚に移植したところ、豊かな毛幹が生え出したのです。

この研究成果については、以前記事として報告しているので、詳しく知りたい人はこちらの記事を参照してください。

この手法は、これまで数本の毛幹が生える程度でした。しかし今回はマウスの左脇の一部に密集して生え揃っています。

ルハン氏はこの結果について、「実用化にはもっと多くの研究が必要ですが、最終的にはこの技術により、脱毛の根本的な原因が解決されるでしょう」と述べています。

将来的には、患者自身の細胞から採取した幹細胞を用いることで、毛包の再生治療が実現します。

あるいは、マウスで育てた毛幹を患者の頭皮に移植することも可能です。

毛包は患者自身の細胞から作られるので、拒絶反応のリスクはほとんどありません。

マウスの皮膚上で「フサフサの人間の毛髪」を生やすことに成功
(画像=毛包をつくる幹細胞を移植して、毛幹を生やすことに成功 / Credit: dNovo – Going bald? Lab-grown hair cells could be on the way(2022)、『ナゾロジー』より引用)

しかし、この結果に興奮して先走りしすぎる前に、注意すべき点もあるとのこと。

毛髪再生のための幹細胞研究はすべて予備的なもので、有望な実験結果を安全かつ実用的な治療法として応用するには、克服しなければならない課題が数多く残されているという。

それでも、こうした問題点が解決されれば、人類が薄毛に悩むこともなくなるかもしれません。

参考文献
Scientists grow human hair on mice to treat baldness
Going bald? Lab-grown hair cells could be on the way

提供元・ナゾロジー

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