世界中には依然として治療薬が見つかっていない難病があり、新しい病気が流行することもあります。
そのため新薬の開発は絶えず求められてきました。
しかし膨大な化合物から目的に合致するものを探し当てるのは簡単ではありません。
そこで九州大学生体防御医学研究所の中山 敬一(なかやま けいいち) 主幹教授ら研究チームは、あらゆる疾患の治療薬を見つける人工知能「LIGHTHOUSE(“灯台”の意)」を開発しました。
既にがん治療に役立つ化合物と、新型コロナウイルス治療薬の候補を発見することに成功しています。
研究の詳細は、生物学のプレプリントサーバー『bioRxiv』に9月27日付で公開されました。
タンパク質のアミノ酸配列を解析して治療薬候補を見つける
生体のさまざまな現象はタンパク質が担っています。
そのため疾患の原因となるタンパク質の立体構造が分かれば、そのタンパク質に効果を発揮する治療薬を探すことも可能です。
ところがタンパク質の立体構造の多くは依然として未知のままであり、創薬はなかなか進みません。
そもそも無数にある化合物の中から治療薬として働くものを見つけなければいけないため、探索にも時間がかかります。
そこでチームは、タンパク質の立体構造を全く使わずに、入手が容易な「タンパク質のアミノ酸配列」のみから、治療薬の候補を見つけることにしました。
人工知能「LIGHTHOUSE」を開発し、アミノ酸配列の分析と、治療に有望な化合物を探索できるようにしたのです。
人工知能LIGHTHOUSEがアミノ酸配列を数値化する
人工知能LIGHTHOUSEによる学習と探索は次のプロセスで行われます。
まず、対象のアミノ酸配列を「数値の集まり(数値ベクトル)」に変換。
これにより人工知能でも学習が可能になります。
次に治療薬候補の化合物も同様に数値ベクトル化します。
そしてこの2つの数値ベクトルが「治療標的と薬の関係」にあるかスコアで判定。
スコアが高いほどその化合物は治療薬になる確率が高くなります。
そしてチームは、国際プロジェクトから得られたSTITCH データ (100 万以上の化合物-タンパク質ペアのデータ)を用い、人工知能を訓練しました。
こうしたプロセスと訓練により、LIGHTHOUSEは従来の技術よりも数千倍のスピードで薬を探索できます。
がんとコロナウイルスの新薬発見か!?
人工知能LIGHTHOUSEの力はすでに証明されたと言えます。
例えば、今回の開発に伴って、がんの悪性化に関わるタンパク質「PPAT」を抑制する化合物が探索されました。
PPATの立体構造は未だ解明されておらず、阻害薬もありません。
そこでチームはLIGHTHOUSEを使って、世界中の試薬メーカーが取り扱う「ZINC データセット」に登録されている10億近い化合物を探索。
その結果、世界で初めてPPATを阻害できる化合物を発見できました。
さらにチームは、新型コロナウイルスの治療に有望な化合物もLIGHTHOUSEで予測しました。
その結果、緑内障治療薬や利尿薬として既に承認されている化合物「エトキシゾラミド」が、新型コロナウイルスの治療薬として有望であることを発見。
実験によってエトキシゾラミドは、元々のコロナウイルスだけでなく、デルタ株を含めたさまざまな変異ウイルスから保護する働きがあると判明しました。
今後はエトキシゾラミドの派生化合物を探索することで、より効能の高い治療薬が開発できると考えられます。
LIGHTHOUSEの探索対象となるのは、アミノ酸配列が分かるタンパク質すべてです。
あらゆる疾患を対象とした創薬は、今後大きく加速するでしょう。
参考文献
人工知能であらゆる疾患の治療薬を見つける方法を開発
元論文
LIGHTHOUSE illuminates therapeutics for a variety of diseases including COVID-19
提供元・ナゾロジー
【関連記事】
・ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
・人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
・深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
・「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
・人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功