眠っている脳は「知らない人の声」に敏感なようです。

ドイツのザルツブルク大学(US)で行われた研究によれば、深い睡眠中(ノンレム)でも脳の聴覚処理システムは起きており「知らない人の声」に強く反応する、とのこと。

眠ると意識が失われるものの、睡眠中の安全を監視するシステムが意識の代りに立ち上がるようです。

一方で「知らない人の声」を聴かせ続けると睡眠中の脳は声に脅威がないことを学習し、反応が鈍っていくことも示されました。

どうやら深い睡眠中であっても脳の一部は起きており、音の判別に加えて学習も自動で行っているようです。

テレビや動画を流しっぱなしにして眠ると疲れがとれないのは、もしかしたら睡眠中の学習疲れが原因かもしれません。

ですが逆に、判断と学習が意識の外で自動化されているならば、睡眠学習もいつかは可能になるのでしょうか?

研究内容の詳細は1月17日に『Journal of Neuroscience』にて公開されています。

目次
睡眠中でも脳の一部は起きて「知らない人の声」に強く反応すると判明
脳は声の音を聞きわけても内容までは気にしない

睡眠中でも脳の一部は起きて「知らない人の声」に強く反応すると判明

テレビつけっぱなしで寝ると「寝た気がしない」理由が判明! 睡眠中知らない人の声で脳は活性化する
(画像=Credit:Canva、『ナゾロジー』より 引用)

目覚まし時計の存在が示すように、睡眠中であっても脳は外部環境に反応することが古くから知られていました。

目覚まし時計の大きな音は聴覚の神経に大きな負荷を与え、睡眠の維持を困難にさせます。

しかし目覚まし時計に代表される「力技」は睡眠状態の破壊を伴うため、睡眠中の脳の活動を観察する手段として理想的とは言えません。

そこで今回、ザルツブルク大学の研究者たちは、被験者たちの睡眠状態を維持したまま「親しい人の声」と「知らない人の声」を聴かせる実験を行いました。

2種類の声に対して睡眠中の脳がみせる反応を比べることで、意識の外で行われる脳の活動を調べられる可能性があったからです。

実験を行った結果、脳は夢さえみない深い睡眠(ノンレム睡眠)にあっても「知らない人の声」により強く反応していることが判明しました。

「知らない人の声」を聴いた脳は、特定の種類の脳波(K複合体)の活動が著しく高くなり、続いて感覚処理にかかわる領域に大規模な活動変化が起こりました。

(※K複合体はゆっくりと孤立した脳波であり外部の異変を脳が感知したときに発せられる脳波です)

一方「親しい人の声」も同様の脳波(K複合体)の増加が僅かにみられましたが、感覚処理にかかわる領域に変化はみられませんでした。

この結果は、睡眠中であっても脳は声の「聞きわけ」を行っており「知らない人の声」に対して自動的に警戒モードに入っていることを示します。

睡眠によって私たちの意識は失われますが、脳の一部は聴覚を通じて外部環境を監視し、私たちの記憶を勝手に照合して脅威度を自動判定していたのです。

しかしより興味深い発見は「知らない人の声」を持続的に聞かせ続けた時に起こりました。

研究者たちが「知らない人の声」を持続的に聞かせていると、被験者たちの脳活動が次第に鈍くなり、最終的には「親しい人の声」と同程度の反応しかみせなくなったのです。

この結果は、睡眠中の脳が「知らない人の声」に脅威度がないことを学習し、勝手に聞き慣れを起こしていることを示します。

睡眠中の脳の警戒システムは単に記憶と音声を照合するだけの単純な警報機ではなく、睡眠中に集めた情報を勝手に学習し、脅威度が無い場合は警戒モードを解除していたのです。

どうやら私たちの脳は意識がない睡眠中であっても、勝手に(自動的に)判断と学習が行えるようです。

テレビや動画を流しっぱなしにして寝ると疲れがとれないのは、知らない人の声が延々と脳に浴びせられるこで脳が学習疲れを起こしているからかもしれません。

ならば、怪しい広告にあるように「睡眠学習」で外国語が話せるようにもなるのでしょうか?

結論から言えば、そう簡単にはいかないようです。

脳は声の音を聞きわけても内容までは気にしない

テレビつけっぱなしで寝ると「寝た気がしない」理由が判明! 睡眠中知らない人の声で脳は活性化する
(画像=Credit:Canva、『ナゾロジー』より 引用)

睡眠時に行われる聞きわけと学習を利用すれば夢の睡眠学習も可能なのか?

この魅力的な謎を調べるため研究者たちは採取した音声サンプルにあらかじめトリックを仕込んでおきました。

採取した音声サンプルは全て人間の名前を読み上げたものであり、その中には被験者本人の名前と他人の名前の両方が含まれていたのです。

人間の脳は自分の名前に反応する特殊な領域があり、騒がしい集団の中にあっても自分の名前を含む会話を素早くみつけることが可能です。

そのためもし睡眠中の脳に自分の名前と他人の名前を聞かせることで、声の音だけでなく言語情報も認識しているかどうかを調べることが可能になります。

研究者たちが集められたデータを分析したところ、残念なことに、睡眠中の脳は自分の名前にも他人の名前にも同じように反応していることが判明しました。

つまり睡眠中の脳の判断・学習は声の音に対してのみ行われており、声が含む言語的な情報についてはノータッチだったのです。

(※1999年にフランスで行われた同様の研究では「睡眠中でも自分の名前に反応する」とする研究結果を出しており、本研究の結論とは相いれない結論になっています)

本研究が正しい場合、外国語の複雑な文法の解説動画を睡眠中に垂れ流したところで現状では、学習効果は望めないと言えるでしょう。

ただ脳科学が進歩した現在にあっても、睡眠中の脳の働きの多くが謎に包まれています。

もしかしたら遠い将来、睡眠時に働いているもう1人の自分(自動監視システム)に特殊な働きかけを行って学校のテストの成績を上げるような、本当の睡眠学習が実現するかもしれません。


参考文献
Your Brain Pays Attention to Unfamiliar Voices During Sleep

元論文
The brain selectively tunes to unfamiliar voices during sleep


提供元・ナゾロジー

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