政府が住民に最低限の生活を送るのに必要な額の現金を定期的に支給する「ベーシックインカム」。「所得格差や高齢化、自動化の対応策として役立つ」「自由時間を有意義に使うことができて、労働意欲の向上にもつながる」という賛成意見もあれば「だれも働かなくなってしまう」「財源を確保するために国民の税金負担が増える」という反論もあり、世界中で議論が起きている。日本でも昨年、希望の党の小池百合子代表が衆議院選挙に向けた政策に組み込むなどして注目を浴びたが、欧州ではすでに実験が行われている。

2017年1月1日から2年間にわたり、25~58歳の失業者2000人に毎月560ユーロを支給するという「ベーシックインカム」の実験開始から1年が過ぎたフィンランドでは、開始後半年で参加者の職探しへの意欲や精神的なストレスに、ポジティブな変化が起きていると報告されている。

精神的・経済的なストレスをやわらげるベーシックインカム

フィンランドの実験では、それまで参加者が受け取っていた失業手当の代わりとして、ベーシックインカムが支給されている。職探しが義務づけられておらず、仮に仕事を見つけた場合でも継続して支払われるという点が、既存の失業手当と異なる。

既存の失業手当には、「所得次第で手当てよりも給与の方が少なくなる」という最大の難点がある。例えパートタイムでも一旦働きだすと稼いだ分を手当から差し引かれる、あるいは手当を打ち切られるため、特に低所得者などは「働いていなかった時より経済的に厳しい」という状況におちいりかねない。

また「いつ手当を打ち切られるか」「いつ仕事が見つかるか」という不安感や、失業手当を受けている者に対する社会的差別・圧迫が、これらの人々にとって精神的ストレスの原因になっているのは間違いない。ベーシックインカムによって経済的な不安をやわらげ、失業者の生活に精神的な解放感や安定感をもたらすことで、結果的に国全体の経済効果につながるかーという点を見極めるのが今回の実験の目的だ。

参加者の声「以前よりも職探しに意欲がわき、起業にも挑戦」

この実験を主催しているフィンランドの社会保障庁ケラ(Kela)は、世帯所得や納税記録などをチェックすることで実験の経過をモニタリングしている。実験終了まで参加者への連絡をひかえているため、正確な効果が公表されるのはまだまだ先になりそうだ。

ランダムに選ばれた参加者のひとり、ユハ・ヤルヴィネン氏は、ベーシックインカムの有益性を身をもって体験しているとエコノミスト誌の取材 で語っている。

若い子もちの父親であるヤルヴィネン氏は数年前に事業で失敗して以来、失業手当と児童手当、看護婦の妻の給与で生計を立てていた。失業手当を受けていた頃にいくつかパートの仕事を見つけたものの、生活に十分な所得が得られるどころか失業手当よりも経済的に厳しくなるとの理由で、断ざらるを得なかったという。

ベーシックインカムを受け取っている今、以前よりも職探しへの意欲がわき、新たな起業にも挑戦しているそうだ。

ベーシックインカム導入は「国民の負担にならない範囲で」が前提?

しかし実験の設計者オッリ・カンガス氏は、今回の実験規模が確固たるデータ収集には十分ではないと不満を唱えている。2000万ユーロというかぎられた予算内では、2000人の参加者をつのるのが限界だ。

カンガス氏は将来的に実験の規模を広げ、例えば「低所得層にベーシックインカムを支給した場合、これらの人々の労働時間が増えるか減るか」「街の全住民にベーシックインカムを支給した場合、地元の経済にどのような変化が現れるか」といった試みを計画している。

その一方で、これが最初で最後の実験になる可能性も否定できない。2019年春に予定しているフィンランド議会選挙までに実験を完了させるよう政治的な圧力がかかっているほか、国民間でも意見や価値観が割れている。70%の国民がベーシックインカムという発想自体には賛成しているが、そのために税金があがると仮定した場合、支持率は35%まで落ちる。

つまり大半があくまで「政府が国民の負担にならない財源を確保できるのならば」という前提で、ベーシックインカムを導入すべきと考えている。

オランダ、イタリア、カナダなども導入検討

財源確保はベーシックインカムの重要課題だ。スイスでは2016年6月、毎月2500スイスフランを支給するという提案が国民投票で否決された。「労働意欲の減退」「ベーシックインカム目当ての他国からの移民流入」などを理由に78%が反対票を投じたが、財源確保への懸念も大きかったと思われる。仮に導入が決定した場合、福祉支出を現在の20%弱から国のGDPの3分の1にまで増やす必要があったという。

スイスやフィンランドのような貧困率の低い国では、ベーシックインカムを「必要」と見なす国民が少ないのもどことなく納得できる。OECDが2015年に発表したデータ  によると、フィンランドの貧困率は0.063%と調査対象26カ国・地域中(米国・英国・フランス・ノルウェー・韓国・南アフリカなど)最も低い。

賛否両論の中、実験に踏みだす、あるいはすでに実施している国・地域も増えている。オランダの第4の都市ユトレヒトでは4つの手法が試されている。各グループは毎月同額(970ユーロ)を受けとるが、グループAには職探しを条件とする失業手当の代わりとして、グループBには無条件で支給される。さらにグループCは社会奉仕活動に参加した場合、追加金(125ユーロ)を支給し、グループDには社会奉仕活動に参加しなかった場合、あらかじめ支給した追加金を返還させるというものだ。4つのグループにどのような影響が現れるのか非常に興味深い。

イタリアのリヴォルノでは、最も貧しい100世帯に毎月500ユーロを支給するという 実験を2016年から続けているほか、ラグーザやナポリでも実験を検討中だと報じられていた。カナダでは2500万カナダドルを投じ、オントリオで実験を開始 。スコットランド政府も昨年、25万ポンドの補助金の元、グラスゴーなどで実験を行うと発表した(ガーディアン紙国際版2016年10月28日付記事より)。

本格的な導入を決定づけるにはまだまだデータが必要となるだろう。労働市場の自動化や高齢化社会、所得格差への対策として、ベーシックインカムの潜在的効果には世界中が注目している。

文・アレン・琴子(英国在住フリーランスライター)
 

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