「居心地の悪い場所」へと一歩踏み出そう!

仕事をひと通り回せるようになると、会社での学びは少なくなる。また、社内だけを見ていると、定年後のキャリアは拓けてこない。そこで必要なのが「越境的学習」だと、キャリア開発などを研究する石山恒貴氏は話す。

「キャリアの終わり」は過去の話になった

40代になると、ビジネスパーソンの動機づけは変化する。人材マネジメントや人材育成を専門とする法政大学大学院教授の石山恒貴氏は、そう指摘する。その理由は、出世への意欲とキャリアへの意識が大きく変化する時期だからだという。

「グラフ1を見ていただければわかる通り、42.5歳を境目として、『出世したい』と『出世したいと思わない』の割合が逆転します。40代中盤になると、同期入社組の間で昇進の格差が大きく広がり、『自分も頑張れば出世できるかもしれない』という期待が薄れるためです。

すると、多くの人は、『自分のキャリアは先が見えた』と感じるようになります。グラフ2は『キャリアの終わりを意識していない人』と『意識している人』の割合を示したもので、こちらは45.5歳で後者が前者を逆転します。つまり、『出世の道が絶たれたら、自分のキャリアは終わり』と考える人が多いということ。このことが、成長意欲や何かを学ぶ気力に悪影響を与える可能性があります」

グラフ1 42.5歳で「出世したいと思わない」人が「出世したい」人より多くなる!
 

THE21オンライン
(画像=THE21オンラインより引用)

グラフ2 45.5歳になると「キャリアの終わり」を意識している人のほうが多くなる!
 

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(画像=THE21オンラインより引用)

しかし、こうした考え方は既に過去のものになりつつあると石山氏は話す。

「人生100年時代には、60歳や70歳を超えても働き続ける人の割合がかなり増えるはずです。しかも、その働き方が多様化すると予想されます。『働く=雇用される』と考えがちですが、フリーランスになる、起業する、といった選択肢もあるし、『週に3日は雇用されて働き、残りはフリーランスとして働く』といった複合型も考えられます。一つの会社の中だけで生きることを前提にすると『出世の終わりはキャリアの終わり』と感じてしまいますが、多様な働き方を選べるのだと考えれば、『その準備として、自分は今から何を学ぶべきか』という発想が生まれるはずです」

ホームとアウェイを「行き来」するのが越境

そこで、働き方が多様化する時代に向けて石山氏が提唱するのが「越境的学習」だ。

「ミドルの学びに必要なのは『越境』の体験です。これは、会社の中で学ぶだけでなく、職場の外でも学ぶということ。『自分がホームと思える場所』と『アウェイと感じる場所』を行き来し、ホームとは異なる知見や考え方を獲得する学びを『越境的学習』と呼びます。

多くのビジネスパーソンにとって、『ホーム』は今の職場です。40代にもなれば、仕事の段取りや手順を熟知し、社内人脈も豊富になるので、職場で仕事を回すのにそれほど大きな苦労をしなくなります。この快適な空間を抜け出し、異質な人たちが集まる中で、時には考え方の違いで衝突や軋轢を体験するからこそ得られる学びがあります。

それまでの経験や常識が通用せず、ある種の居心地の悪さを味わう場所が『アウェイ』です」

なぜ、アウェイを体験することが重要なのか。ここにも、今後訪れる働き方の変化が関係している。

「厚生労働省の報告書『働き方の未来2035』において、約20年後の働き方は『プロジェクトの塊』になると予測されています。インターネットやモバイルなどの技術革新によって時間や空間に縛られない働き方が可能になると、会社に所属していたとしても、社内外の人で構成されるプロジェクトで働くことが多くなります。

こうしたプロジェクトでは、多様なメンバーが存在するようになるため、上下の指揮系統だけで運営することが難しくなります。一つの目的のために集まった初対面の人たちが、従来よりもフラットな関係の中で仕事を進めなくてはいけない。同じ職場で同じ顔ぶれと仕事をしていたときとはまったく違うコミュニケーション力が求められます。

上下関係の影響が低下すると各人の主体性が求められ、抽象的なミッションから具体的な手順や作業を考える力も必要となります。こうした力を養うには、今のうちからアウェイを経験し、失敗や試行錯誤を繰り返しながら学ぶしかありません」

では、具体的にどのような越境的学習の場があるのか。石山氏は「四つのワーク」という考え方が参考になると話す(図)。

図 「四つのワーク」のうち、「有給ワーク」以外にも踏み出そう!
 

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(画像=THE21オンラインより引用)

「報酬をもらう『有給ワーク』、家事・育児・介護などの『家庭ワーク』、社会や地域に貢献する『ギフト・地域ワーク』、自発的な学習や趣味を楽しむ『学習・趣味ワーク』の四つのうち、複数を同時に行なうことをパラレルキャリアと呼びます。

いわゆる日本型雇用の会社員は『有給ワーク』一本槍であることが多いのではないでしょうか。有給ワークも、複数行なえば兼業・副業としてアウェイを経験することになりますが、本業しかない人はアウェイをまったく経験していません。

今いる会社の業務だけに専念している人こそ、有給ワーク以外の三つのワークを体験できる場に積極的に出ていくべきです」

「故郷への思い」が大々的なイベントに発展

例えば「ギフト・地域ワーク」にはボランティアや地域の活動、NPOなどがあり、「学習・趣味ワーク」には勉強会や社会人大学院、趣味のサークルなどがある。それぞれが学びの場となるが、「そうは言っても、どこへ行けばいいかわからない」という人もいるだろう。そこで、越境先をマッチングするサービスもある。

「『二枚目の名刺』というNPO法人は、会社で働く人たちとNPOを仲介するプログラムを提供しています。社会人を対象とした説明会で様々なNPOが自分たちの活動についてプレゼンし、興味を持ったNPOがあれば3カ月間のプロジェクトに参画して、本業と併行して週末や平日の終業後などに活動を行ないます。こうして実際に体験したうえで、『自分もメンバーに加わりたい』と思ったら、その後も継続して参加してもいいわけです。

最近は会社主導で社員を越境させる取組みも増えていて、大手企業からベンチャー企業へ一定期間レンタル移籍したり、現職を続けながら週に何度か他社の業務を経験させたりしている会社もあります。自分の会社にこうしたプログラムがあれば、手を挙げてみるのもいいでしょう」

自分に合う越境先が見つからなければ、自ら作ってしまうという方法もある。

「ある会社員の男性は、越境先を求めて異業種交流会などに参加したものの、自分のような普通の会社員には居心地が悪いと感じることが多かったそうです。そこで誰でも気軽に参加できる読書会を開いたところ、様々な業界・業種の会社員たちが集まるようになりました。

故郷とのつながりから越境の場を作った事例もあります。

福岡県宗像市の出身者が立ち上げた『リトルムナカタ』というコミュニティは、東京にいながら故郷を応援したいと考える人たちの集まりです。

最初は『宗像を盛り上げるイベントを東京でやったら楽しそう』という軽い気持ちで友人たちに声をかけ始めたところ、たまたま東京へ出向中だった宗像市の職員ともつながりが生まれ、副市長まで巻き込んだ大々的なイベントを成功させるまでになりました。

このように、越境をあまり大ごとに考えず、まずは自分が『楽しそう』『やってみたい』と思えることから気楽に始めるのが一番です。義務感ではなく、自発的にやるから学びになるのです」

人生の選択肢が増え幸福度も上がる!

こうした越境的学習によって得られるものは想像以上に多いという。

「特に大きいのは、『自分は何ができるのか』を見つめ直す良い機会になること。越境した先では、会社の名前や肩書きは通用しません。将来、プロジェクト型の働き方が主流になると、『あの人がいればミッションや目的を達成できる』と思ってもらえるものがなければ、メンバーとして招聘されません。ですから、会社の名刺が通用しない場を経験し、『自分の専門性やスキルはこんなところでも役立つのか』『会社の中では役立ったことが、ここでは通用しないのか』といった気づきを得て、自分を棚卸しすることが、未来のキャリアを切り拓くカギになります」

さらに、越境的学習は人生の幸福度にも影響する。

「会社から離れて自分を見つめ直すと、本当にやりたいことがクリアになります。自分のやりたいことができるのが、本当の幸せですよね。副業を解禁したある企業では、副業経験者の本業での成果が向上し、会社からの評価も軒並み上がりました。それは、会社の外で本当にやりたかったことに取り組み、人生やキャリアへのモチベーションが上がったから。つまり、個人が幸せになったから、結果的に本業にも良い影響があったのです。

本当にやりたいことを見つければ、人生の選択肢が増えます。一つの会社の中で出世するという成功モデルだけを追いかけるのが幸せなのか、本業以外にも楽しく過ごせる場所をたくさん持つことが幸せなのか。その答えを出すためにも、ぜひ会社の外への越境をお勧めします」

《取材・構成:塚田有香》
《『THE21』2020年1月号より》

石山恒貴(いしやま・のぶたか)
法政大学大学院政策創造研究科教授
1964年生まれ。新潟県出身。一橋大学社会学部卒。産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了。大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て現職。「越境的学習」「キャリア開発」「人的資源管理」などが研究領域。著書に『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(パーソル総合研究所との共著/ダイヤモンド社)、『地域とゆるくつながろう!』(編著/静岡新聞社)などがある。(『THE21オンライン』2020年01月17日 公開)

提供元・THE21オンライン

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