科学的な根拠にもとづく「ヤバい集中力」

限られた時間を濃い密度で過ごし、生産性を上げるには「集中力」が不可欠。サイエンスライターの鈴木祐氏は、これまで10万本以上の科学論文を読破し、600人を超える海外の学者や専門医にインタビューを重ねてきた。その知見をもとに、科学的根拠のある「集中力」を高める方法を体得。現在は膨大な量の原稿を執筆し、ベストセラーを生み出している。仕事中に散漫になる意識をコントロールする方法を教えていただいた。(取材・構成 林 加愛)

注意力維持の限界は平均わずか20分

複雑で込み入った仕事、タイムリミットの迫った仕事など、集中力を発揮しなくてはならない状況は多々あるもの。しかし、そういうときに限って、なぜか注意力散漫に陥ることも多いでしょう。集中力とは、非常に「脆い」ものです。

そもそも集中力は単一の能力ではなく、様々な要素で成り立っています。

まず、「取り掛かるとき」から考えてみましょう。ここでは二つの要素が登場します。

一つは言うまでもなく、やる気です。「モチベーション管理能力」が、気持ちを高める役割を果たします。もう一つは「自己効力感」。できる、と思えるか否かということです。難易度の高そうな仕事に対して気おくれが生じると、最初の一歩が踏み出しづらくなるのです。

取り掛かりに成功したあとは、「注意を維持する力」が推進力となります。ところが残念なことに、成人の注意力持続時間の限界は、平均わずか20分程度であることが、海外の研究で判明しています。

しかもそこへ、様々な刺激が降ってきます。携帯の着信音はその代表例。肩こりや空腹感などの生理的感覚も、刺激の一種です。

向かっている仕事自体が注意を削ぐことも。読んでいる文章内の一つの単語から連想が始まり、無関係なことを考え始めてしまうなど。これらを迎え撃つには「セルフコントロール能力」も発動しなくてはなりません。

以上、様々な能力を合わせたものを、私たちは「集中力」と呼んでいるのです。

獣は欲望に忠実で調教師は理性を司る

これらの力を総合的に高めるにはどうすればよいのでしょうか。その秘訣は、頭の中の「獣と調教師」にあります。人間の頭の中には、「欲望に従いたい獣」と、「合理的に物事を進めたい調教師」がいるのです。

獣が属しているのは、脳の「大脳辺縁系」という、進化の過程の初期にできたエリア。対して調教師は、「前頭前皮質」という、後期にできたエリアに属します。

獣の特徴は三つあります。まず、単純で具体的な事象を好むこと。従って、複雑なタスクとの相性は良くありません。

第2は、刺激に反応しやすいこと。生存を脅かすものを瞬時に察知し、回避もしくは排除する特性です。原始時代には、飢餓や猛獣などから身を守るために必須の能力でした。現代ではその必要性は激減しましたが、「小腹がすいた」程度のごく小さな刺激にも反応してしまうのが困り物です。

第3の特徴は強大なパワー。欲求・衝動・感情といった形で、瞬時に身体を乗っ取ることです。

対して調教師は、獣が「仕事より美味しいものを食べたい」と暴れ出したとき、「期限に間に合わなくなる。そうなると信頼を失う。だからダメ」と、論理的に説得する役割を果たします。

しかし、調教師は獣のようなスピードとパワーを持っていません。理性は、欲求・衝動・感情にたやすく押し流されるのです。とはいえ、獣は決して集中力の敵ではありません。ここは、獣のパワーを上手に使うべき。つまり、調教師を獣と「戦わせる」のではなく、「上手に乗りこなす」スキルを身につけましょう。その方法を説明しましょう。

隣に座る人間の質が生産性に影響する!

まず、獣を暴走させないセッティング――刺激を取り除いた環境を作りましょう。

例えば「スマホを遠ざける」。

通知音が鳴らなくとも、電源が入っていないときでさえ、視界に入る場所にスマホがあるだけで集中力が20%下がる、というデータがあります。スマホ依存が激しい人は、一定時間使えない状態にする「スマホ用タイマー付き金庫」を利用する、といった策を取りましょう。

同僚から声をかけられるのも集中力を削ぐモト。ハーバード大学の研究では、我々の生産性の10%以上は隣の席に座る人間の質で決まる、というデータがあります。必要に応じて、一人になれる場所にこもるか、「○時まで声をかけないで」と頼むと良いでしょう。

その上で、「感情コントロール」のスキルを上げましょう。これが、獣を飼いならす最大の決め手です。

獣は、ネガティブ感情に強く反応します。誰かに対する苦手意識、理不尽な出来事への怒り、成果が上がらないくやしさなどの他、「飽き」や「退屈」も侮れないネガティブ感情です。

コントロールするには、大きく分けて2つの方法があります。

一つは、乱れた意識を一点に戻す作業を繰り返すこと。マインドフルネスの呼吸法はその代表例です。

呼吸に意識を集中し、雑念が浮かんだらその都度戻す、という作業を繰り返すと、集中に向かう「心の筋力」が上がります。

もう一つは、自分の感情を観察する「セルフモニタリング」。客観的に自分の心を見つめることで、距離を置く作戦です。

感情を言語化する語彙力を高めよう

これを「仕事に取り掛かれないとき」のケースで考えてみましょう。

私もしばしば、執筆が億劫になることがあります。そんなときは「どの点が億劫だと感じているか」をモニタリングします。このように、「引っかかり」の所在をあぶりだすのがポイントです。

すると、「自分の文章に責任を持つことへのプレッシャー」が関門だとわかります。結果、「責任が軽い引用文から取り掛かる」、という方策も浮かぶのです。

ビジネスパーソンの皆さんも、資料作りなどで似た状況になることがあるでしょう。ならば「タイトルだけ書く」など、プレッシャーのない部分から始めるとエンジンがかかりやすくなります。

集中力を持続する際にも、モニタリングは頼りになります。私の場合で言えば、「文章の続きがでてこない」「この嫌な状況から逃げたい」「だからご飯を食べたい気持ちが増している」など。客観的に観察しているうち、感情が収まってきます。

このように、感情の中身は詳しく言語化しましょう。心理療法関連の論文には、メンタルに不調をきたす人には全般に、感情の言語化が苦手な傾向が強く見られます。曖昧な言語化で済ませていると、感情に飲み込まれやすくなるのです。

「なんとなくモヤモヤ」ではなく、「先方の対応は熱意が足りないと感じている」など、内容や状況を明確にしましょう。

この力を上げるには、小説や映画などのフィクションに触れることも有効。登場人物の感情を描写する文章やセリフに触れ、感情を表現する「語彙力」を増やすことは、科学的にも感情コントロールに有効です。

それでも適当な表現が見つからないときは「感情の物質化」を試してみましょう。「今の気分を物体にたとえたら?」と考えてみるのです。「赤みを帯びたトゲトゲの球体」など。色や質感の他、サイズ、温度、体内のどこに位置しているか、動きはどうか、などを詳しく想像しましょう。訓練を重ねるほど、「獣」への対処力が高まります。

強い怒りやくやしさは頭の中で「歌」にする

気が散ったときの応急処置になる小ワザもいくつか紹介しましょう。

怒りやくやしさなどの強い感情から距離が取れないときは、頭の中で「歌」にしてみましょう。例えば、「ハッピーバースデー」のメロディで「あ~のバカ上司~♪」と言うふうに。すると、真面目に考える気が失せますね。一見バカバカしいようですが効果は抜群。メタ認知療法の分野で実際に活用されている方法です。

不安感や緊張感でスムーズに思考が働かないときは「リアプレイザル(再評価)」が有効。

「緊張するのは、やる気が上がっているからだ」と、脳の解釈を改める方法です。

事実、緊張状態はやる気の上がった状態と全く同じ人体反応です。「この感情はやる気なんだ」と実際に口に出してみると、気持ちが切り替わります。

最後に、もっともシンプルな方法を。それは、20秒間の激しい運動です。これは効率よく心肺機能を上げるための運動法で、何度か繰り返すとランニングと同程度の運動効果がありますが、この場面なら一度でOK。

「これ以上速くできないくらい激しく腿上げ」などを行なうと、アドレナリンとドーパミンが出て、やる気が上がります。

少なくとも、ストレスには100%効きます。20秒間必死で筋肉を動かすので、短時間のマインドフルネス効果もあり。その状態でデスクに戻れば、クリアな思考力と集中力で、再び仕事に臨めるでしょう。

パソコン作業で落ちたやる気を取り戻す方法

執筆中に集中力が落ちたとき、鈴木氏は「キーボードを叩く指先に意識を集中する」ことが多いという。

「気が散る状態とは、『今・ここ』以外に心がとらわれること。これを戻すには、五感に意識を向けるのが一番です。指先の感覚にフォーカスすることで、『今・ここ』に意識が戻り、雑念を払えます」(鈴木氏)

一方、人によっては、「ミスタッチ」で集中力が途切れることもある。これにはどう対処すればいいだろうか。

「それは、速く打ち過ぎているせいだと思われます。どれだけ速く打っても、人間の思考には追いつきません。するとイライラして集中力が乱れ、ミスタッチを招き、ますます意識が乱れる悪循環が起こります」(鈴木氏)

キーボード入力は「速く」よりも「丁寧に」することが、集中力維持の秘訣だ。

「入力を遅くしたほうが、作業全体は早く済む、という研究結果が出ています。ゆっくり丁寧に、と意識することで、パフォーマンスも集中力もアップするのです」(鈴木氏)

【集中力Hacks!】

カフェインが最強の集中力アップ成分

コーヒーに含まれるカフェインは複数の研究でメリットが確認され、その集中力アップ効果はベースラインから5%前後だと言われています。基本的に缶コーヒー1本分のカフェインを飲むだけでも集中力は上がるそう。ただし、個人差はあるものの一度に缶コーヒー2本(カフェイン400mg)以上を飲むと、不安感や焦燥感の増加といった、副作用が出やすくなるので注意が必要です。

オリジナル儀式で集中力アップ

自分独自のマイ儀式を定め、集中力が必要な場面で毎回その動作を行なうと集中力が上がります。例えば、ゴルファーがボールにキスをする仕草をしたら、パットの確立が38%も上がった事例や認知テストの前に指を10回鳴らしたら成績が21%アップした実験など複数の報告がなされています。「5秒間、目を閉じる」などの簡単な儀式でも良いので、集中力が必要な仕事の前に試してみてはいかがでしょうか。

『THE21』2019年12月号より

鈴木祐(すずき・ゆう)
サイエンスライター
1976年、生まれ。慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。膨大な数の科学論文と、国内外の学者や専門医への取材をもとに、ヘルスケアを中心とした書籍を執筆。ブログでも心理・健康・科学に関する最新情報を発信、月間100万PVを記録する人気を誇る。企業を対象とした講演や、生産性の上がる職場環境の構築も行なう。近著に「ヤバい集中力」(SBクリエイティブ)がある。(『THE21オンライン』2020年01月06日 公開)

提供元・THE21オンライン

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