自らの信念に基づいて働くとはどういうことか
金融、物流、マーケティング、さらには教育と、まったく異なる分野でキャリアを重ね、グロービス経営大学院客員教授として教壇にも立つ伊藤羊一氏。著書『1分で話せ』は35万部のベストセラーになった。そんな伊藤氏は、志や信念を持つことで人生は大きく変わると話す。
※本稿は、伊藤羊一著『やりたいことなんて、なくていい。』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
ヤフー、ソフトバンクアカデミアとの出会い
私は30年くらい働く中で、最初の10年より次の10年、それよりさらに直近の10年で、どんどん、キャリアに影響を与えるようなイベントが増えていき、「わらしべ長者」のようなキャリアを辿ってきました。
その中で、ようやく私も「志ってこういうことなのかな」と思えるようなものも少しずつ見えてきました。と同時に、信念や志を持つことで、これほどまでに自分の人生は変わるのかと驚きました。
私がプラスからヤフーへ転職したのは、2015年のこと。
東日本大震災のあった2011年以降、私はプラスで新規事業立ち上げや、カンパニーの経営に携わっていました。
大きな被害を受けた東北地方でも復旧・復興が進み、業績も順調に伸びていきました。
2012年にカンパニーのヴァイスプレジデントになった私は「プラスの事業を通じて世の中に貢献していくことが自分の仕事だ」と考えていました。
それが、ヤフーに転職することになったのは、ヤフー前社長、宮坂学氏の「ヤフーでリーダー開発をやってくれないか」という誘いがあったからです。
私はプラスに転職して間もない時期から、グロービス経営大学院に通っていました。
ちょうど、銀行からメーカーへと仕事の場を移し、未経験の物流を扱って苦労していた頃。そこでやっていることは意味不明で、理解するのに時間がかかる。
「自分は理解するのに、なんでこんなに時間がかかるんだろう」と悩んでいました。
そんな悩みを抱えていたとき、この話を聞いたある友人が「伊藤さん、それならグロービスですよ」「考える訓練をしたらいいんじゃないですか」とすすめてくれたのです。
よし、じゃあ論理的思考力を養ったり、マーケティングなどのスキルを一から勉強してみようじゃないか─―というので、仕事をしながらグロービスで学び始めたのです。
そして、卒業後は、ある意味自分が学んできた場所への「恩返し」のような想いもあり、グロービスの教員を務めるようにもなりました。プラスで経営に携わるようになったこともあり、リーダーシップ開発のプログラムを担当するようになったのです。
これがリーダーシップ開発に関わることになった最初のきっかけです。
一方で、それまでの数年の間に、ヤフーやソフトバンクとの縁もつながっていました。
もともと、私にとってヤフーは憧れの企業です。1996年4月、Yahoo! JAPANがオープンしたその日にアクセスした記憶は今でも鮮明です。
今でこそインターネットサービスを提供する会社はたくさんありますが、私にとって、インターネットといえばヤフーのことであり、常に最初に想起する会社でした。
また、2011年からは、ソフトバンクグループを担う後継者の発掘、育成を目指すソフトバンクアカデミアに入って、孫正義校長の前でプレゼンをする機会にも恵まれました。
ソフトバンクアカデミアでは、経営やリーダーシップに関する様々なテーマが与えられます。参加者はプレゼンの質を競い合い、予選を勝ち上がっていくと、孫正義校長に直接プレゼンをすることができるのです。
ありがたいことに、私は何度か孫さんの前でプレゼンをすることができ、さらには年間成績で1位という評価もいただくことができました。
このとき、受賞者としてのスピーチで、
「私もいつかは、ソフトバンクグループで、孫さんの元で働きますが……」
と軽い気持ちで言ったら、孫さんが思いのほか喜んでくれたように見えました。
私としては、「あ、言っちゃった」という感じです。
それでも、孫さんの反応を見て、いつかソフトバンクグループにジョインするんだろうな……という思いが芽生えました。
「Yahoo!アカデミアで教えてよ!」と言ってくれた宮坂社長
私が宮坂学氏と知り合ったのは、ちょうどこの時期、つまりソフトバンクアカデミアに参加していた頃でした。
私がしたEコマースについてのプレゼンテーションを聞いた方が、当時Yahoo!ショッピングの責任者だった宮坂氏に「会ってみてほしい」と紹介してくれたのです。
間もなく、ちょうどヤフーの経営陣が交代し、宮坂氏が社長となりました。ヤフーはスマホ化への大構造改革を進めていた時期でもあり、私はその様子を、間近で見ていたわけです。
ヤフーという日本を代表するインターネット企業で、目の前の仲間たちが今まさに革命を起こしている。それを見ながら、「自分は対岸の火事のように見ているだけでいいのか?」「自分が貢献できることがあるとしたら何だろう?」といった思いが、少しずつ募っていきました。
そんな中で、2014年の夏、宮坂氏と人事の責任者だった本間浩輔氏から「羊一さん、Yahoo!アカデミアというのをつくったから、そこの責任者をやってくれないか」と誘われました。
そのとき、私はプラスに所属し、カンパニーのヴァイスプレジデントとして、事業全体を統括しており、おいそれと引き受けるわけにはいかず、最初は断っていました。
しかし、彼らの話を聞いて、こういう同世代の仲間たちの企てに参加するのは純粋に楽しそうだな、と思い、まったく新しいチャレンジも楽しいかも、と思うようになりました。
Yahoo!アカデミアは、リーダーシップ開発を目的とした企業内大学です。
リーダーを育成する組織で社内大学の仕組みやプログラムを企画することなど、今まで考えたこともありませんでした。ただ、日本を代表するインターネット企業の1つであるヤフーで、多くの役員候補、次世代リーダー候補に触れ、そのリーダーシップを育成するきっかけをつくれるなんて経験は、すごく貴重だなと思いました。
私自身は、グロービスで教鞭を取り始めたとはいえ、そもそも教育の世界では素人です。本業としてやっていくことに不安はあったものの、最後は、新しいチャレンジをすることを取りました。
これは、「人は変われる」という信念を明確に意識しての行動ではありませんでした。
ある意味気軽に、「じゃあ行ってみよう」という気持ちでした。
しかし、今振り返ると、この決断は自分の人生をガラリと変える選択でした。
「自分の軸」があれば、どんな人とも渡り合える
ソフトバンクアカデミアに入ってからは、孫さんの姿を生で拝見し、話を伺い、それにとどまらず何回もご本人の前でプレゼンをさせてもらう機会を得ました。そのプレゼンからの流れで、ヤフーの社長だった宮坂氏とも知り合うこととなり、色々な話をするようになりました。
自分がこれまで会うことがなかった、テレビやメディアに出ている「有名人」経営者たちと、いきなり知り合い、話すようになったのです。「うわ、本物がいる」という感じで、最初は勝手にビビっていました。
とはいえ、目の前にいれば、当然ながら1人の人間です。
そのような方たちと直接会って話すことは、自分にとって大きな経験となりました。
「社会に貢献する人、世の中の役に立つ人たちっていう意味ではみんな同じだ。メディアに出てくる『有名人』経営者であっても、そんなに遠い世界の人じゃないんだな」と、はじめて感じたのです。
こうした出会いを通じて、「すごい人」「偉い人」と評価され、みんなに仰ぎ見られるような人でも、普通の人なんだという感覚を、持てるようになりました。
20代の自分はメンタル不調などで自信を持つどころではありませんでした。
30代はひたすら会社のために一生懸命仕事をしていました。
そういうわけで、自分が特別すごいことをやっているという意識はありませんでした。
それが、40歳を超えて、震災をきっかけにリーダーシップに目覚めました。
ちょうどその頃、ずっと学んでいたグロービス経営大学院で成績優秀者に選ばれ、卒業式で代表謝辞を読む機会をいただき、また、ソフトバンクアカデミアに入って、孫さんの前でプレゼンをする機会を得て、少しずつ違う環境も経験しました。
こうした経験が重なるうちに「すごい人」と会う機会が増えていき、少しずつ私の意識は変わっていきました。
「すごい人」も、決して特別ではない。
もっと言えば、「すごい人」なんていない。というより、「すごい人もみんなと同じなんだ」「ある意味、みんなすごい人なんだ」という意識が芽生えました。だったら、自分は自分でいいじゃないか─―と、思えるようになったのです。
40歳を過ぎてようやく「自分に自信が持てた」
40歳を過ぎてこういう経験をした私が、皆さんに伝えたいことは1つです。
相手が「すごい人」だからといって遠慮することはない。自分の場合は、20代、30代にはそういう機会があまりなく、40代になってから、急に機会が増えました。
だから最初は必要以上にビビったのですが、結果的には、「あれ? どんな人が相手でも、別に遠慮したり、怯えたりすることはなかったんじゃないか?」と気づいたのです。
そして最近、立て続けに、スポーツ界のレジェンドの方々とお会いする機会がありました。まずサッカーの三浦知良選手にお会いし、翌月に、元プロ陸上選手の為末大さん、そしてそのまた翌月には、阪神の金本知憲前監督とお会いし、対談しました。これは孫さんに会ったときより正直、ビビりました。
でもお会いして、改めて、皆さん1人の人間なのだなぁ、ということを実感しました。
カズさんは、私と同い年ですが、少年のようにサッカーを愛している方でした。
為末さんは、若い頃ドキドキしながらも、世界に踏み出していったそうです。
金本さんは、骨折した翌日、痛くて、打球が来たらいやだなぁ、とビビりながら守備をしていたそうです(骨折したこと自体、気づいていなかったそうですが)。
そういう、少年のようであったり、ドキドキしたり、ビビったりするところは、皆同じなのです。有名であろうと無名であろうと関係ないのです。
社会に大きな影響を与える仕事をしていようと、自分の会社の中で粛々と仕事をしていようと、そこに優劣はありません。
「すごい人」だと評価されている人も、「普通の人」だと自認している人も、決して別次元で生きているわけではないのです。
人に語れる「自分の言葉」を持っているか?
それより重要なのは、その人が話すこと、語る言葉を持っているかどうかです。
語る言葉さえ持っていれば、自分がどんな立場であろうと、相手がどんな立場だろうと、話は聞いてもらえます。
どんな立場にいようと、「自分はこういうことをやっている」「自分はこんなことをしていきたい」という言葉があるかないか。それが重要です。
私の場合でいうと、この時期は震災後の経験を通じて「リーダーとは何か」について、自分なりに確信を持てるようになった時期でした。
その上で、今働いているプラスの中でどんな改革を行っていけばいいか、その結果、世の中にどんな価値を提供していきたいのか、社会をどう変えていきたいのか、といったことについても、自分なりに語る言葉を持つようになっていきました。
この「自分なりの考え、言葉を持っている」ということが何より大事です。
よくある勘違いは、たとえば「いわゆる『すごい人』とは、自分も『すごい人』にならないと対等に話せない」といった考え方です。
「ただの凡人」である自分が、有名な経営者やリーダーと話すのはどうにも気後れがする、という声を聞くことがあります。
その気持ちはわかります。でも、やはりそれは勘違い、誤解です。
別に彼らが「凡人」より偉いわけではないし、経営に携わっている人のほうが、誰かのチームで働いている人よりも偉いというわけでもありません。
ビジネスパーソンが語ることの価値はどこで決まるのか。
それは、「自分の仕事を通じて世の中にバリューを提供していくということを、『我が事』として捉えているかどうか」。この1点にかかっていると私は考えます。
本当の問題は、あくまで一般論ですが、会社勤めをしている人の中には、「我が事」として世の中を良くしていきたいと考えている人が少ないように思います。そこで差ができてしまうことはたしかにあるかもしれません。この「我が事」意識の差が、気後れにつながってしまうのでしょう。
逆に言うと、たとえ会社勤めであっても、キャリアがまだ浅い若いビジネスパーソンであっても、「世の中にバリューを提供したい」という当事者意識さえあればいいのです。
相手が有名な起業家だろうと、辣腕の経営者だろうと、気後れする必要はありません。
「仕事を通じて、社会を良くしていきたいと思っているのは自分も同じ。一緒にがんばりましょう」という意識で、対等に話せばいいのです。
伊藤羊一(いとう・よういち)
ヤフー〔株〕 コーポレートエバンジェリストYahoo! アカデミア学長
〔株〕ウェイウェイ代表取締役。東京大学経済学部卒。グロービス・オリジナル・MBA プログラム(GDBA)修了。1990年に〔株〕日本興業銀行入行、2003年プラス〔株〕に転じ、201年より執行役員マーケティング本部長、2012年より同ヴァイスプレジデントとして事業全般を統括。かつてソフトバンクアカデミア(孫正義氏の後継者を見出し、育てる学校)に所属。孫正義氏へプレゼンし続け、国内CEO コースで年間1位の成績を修めた経験を持つ。2015年4月にヤフー〔株〕に転じ、次世代リーダー育成を行う。グロービス経営大学院客員教授としてリーダーシップ科目の教壇に立つほか、多くの大手企業やスタートアップ育成プログラムでメンター、アドバイザーを務める。著書に、『1分で話せ』『0秒で動け』(ともにSB クリエイティブ)がある。(『THE21オンライン』2019年12月13日 公開)
提供元・THE21オンライン
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