「女性が輝く」よりも「皆が輝く」ダイバーシティを目指そう

女性活躍推進法が施行されて以来、政府や企業はこぞって女性活躍に力を入れている。しかし、日本で女性活躍が進んでいるのかと言われれば、首をかしげざるを得ない。その根本的な原因はどこにあるのだろうか。そこで、「人の働き方は環境が作る」をテーマに、様々なビジネスパーソンの働き方を研究している河合薫氏に、女性活躍の実態と問題点について解説していただいた。

木を見て森を見ない働き方改革

2018年の世界各国の男女平等の度合いを指数化した「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本は149カ国中110位。昨年から上昇したものの、男女平等の道は依然として険しい。

男女格差解消を目指すべく、政府主導のもとに女性活躍が推進され、企業は女性が働きやすい職場を作ろうとしてはいるが、あまり効果は感じられず、様々なひずみが起こっているのが実状だ。

数々の職場を取材し、その実相をつぶさに見てきた健康社会学者の河合薫氏は、その根本原因を次のように分析する。

「原因は、木を見て森を見ない働き方改革にあります。

『長時間労働の是正』や『女性活躍』というスローガンのもと、NO残業デーを設けたり、女性の管理職を3割に、といった施策を掲げていますが、それらは1本1本の『木』に過ぎません」

真に必要なのは「森」を豊かにする施策である、と河合氏。

「森とはすなわち会社のこと。会社とは人が集まる組織であり、人は土壌にあたります。土壌が肥沃になれば森は豊かになります。

すると、長時間労働の問題も、男女の機会格差も相乗的に解決していくはずです。顕在化した問題を個別に対応する今の方法では、根本的な解決には至らず、土壌に栄養を与えないまま、弱弱しい木を無理やり伸ばそうとするようなものです」

「土壌に栄養を与える」とは、実際に何をすることなのか。

「個々の社員を人として尊重することです。多くの企業は、人を単なる『コスト』と見なしています。人件費を削るために頭数や労働時間を減らすのも、女性活躍の体裁を整えるために管理職に取り立てようとするのも、すべて経営側の都合。働き手の方を見ていないのです」

女性のロールモデルはワーキングマザーだけ!?

女性活躍という一本の木の中にも、さらに「部分」だけを切り取る現象がみられる。

「『女性が輝ける職場』と言うと、育児と仕事の両立をイメージしますね。なぜ、ワーキングマザーだけにフォーカスするのでしょう。

来年には、女性の50歳以上が、50歳以下の数と同等になることがわかっています。パートや非正規雇用まで含めると、中高年女性のボリュームは非常に大きいのに、20~30代にしか目が向けられていないのはおかしな話です」

それでいて、20~30代も決して得をしているわけではない。

「結婚・育児・仕事を完璧にこなす生き方が理想だと決めつけられ、独身女性や産まない女性は苦しい思いをしています。『輝くワーキングマザー』というロールモデルに当てはまらない女性たちが疎外されるのです」

こうしたロールモデルは幻想に過ぎない、と河合氏。

「結婚しない人、結婚しても子供を持ちたくない人、持ちたいけれどいない人、子供がいる人、シングルマザー、そして子育てを終えた人もいます。ワーキングマザーの中にも、バリバリ働きたい人もいれば家庭を優先したい人もいて、まさに十人十色。多様な立場や価値観を、それぞれ尊重すべきです」

その対応が必要なのは、男性に対しても同様だ。

「女性部下を持つ人は、『セクハラ』や『マタハラ』をしないよう神経質になりがちですが、男性にも理不尽なハラスメントに耐えている人はいます。男性上司は男性部下のことを『わかったつもり』になりがちですが、男性もまた十人十色であることを認識すべきでしょう」

河合氏が実際に見た「女性が輝いている職場」では、例外なく男性も元気だという。

「女性が、ではなく『皆が』活躍している、全員に能力発揮の機会が与えられている。そうしたダイバーシティのある会社では残業削減もスムーズです。人を大切にすることから、連鎖的に良い作用が起こります」

気配りではなく「目配り」をしよう

多様な人々がそれぞれ能力を発揮できる場を作るには、管理職が各人の価値観や希望をくみ取らならなくてはならない。

「よく『出産後の女性に負担をかけてはいけない』と気を配ったつもりが、本人はバリバリ働く予定だった、というすれ違いがあります。『ひとくくり』が招く失敗の典型ですが、復帰時に本人の希望を聞けば避けられたはず。本人の希望に合わせて業務を振り、あとはそれがうまく行っているかどうか随時観察する。『気配り』ではなくて『目配り』をすればいいのです」

それを全員の部下に対して行なうのは面倒だが、その面倒をすることが管理職に必要な覚悟なのだという。

「ポジションや属性を問わず、人間同士として向き合うことが大事。この姿勢を持てるかどうかは、自分が今のポジションに胡坐をかいているか否かと、深く関わってきます」

目上であることを笠に着て、相手を軽んじるような人物を河合氏は「ジジイ」と呼ぶ。

「他者への関心や敬意を失い、役職などの外的リソースにしがみつくのが特徴です。社員をコストや駒としてみなす価値観もここから生まれます。

男性に限らず、女性もジジイになりえます。ちなみに『中年の会社員は働かない』と決めつける若者も、私に言わせればジジイですね」

年齢を重ねること自体は、むしろ自由さや柔軟さの源泉だと河合氏は考える。

「40~50代の持つ視野は20代とは比べ物になりません。若者と違い、数々の修羅場をくぐり抜けてきたおじさんたちの世界は豊かで、可能性に満ちています。にもかかわらず、役職など目先の損得にとらわれてジジイになるのは、もったいない」

ジジイにならないためには、謙虚さを持ち続けることが不可欠だという。

「多忙な中、つい部下にぞんざいな口の利き方をしたりすることがありますね。そんなときはすぐフォローを入れるなど軌道修正を。ぞんざいな態度をとった自分に気づける限り、ジジイにはなりません。

また、目の前のことをきちんとすることも大事。自分の仕事をしながら部下一人ひとりに目配りする習慣を地道に続けましょう」

「オバチャン社員」が会社を元気にする

一方、ジジイと対置される存在として河合氏が挙げるのは「オバチャン」だ。

「近年『人が大切にされている会社』は、地方や郊外の中小企業に増えていると思います。そういう職場には、例外なく元気なオバチャン社員がいます。パートさんや非正規雇用など立場はさまざまですが、スキルは熟達していて、人柄も明るく、頼れる存在であることが共通しています。そうした女性たちを中心に、社員全体が高いモチベーションを発揮しているのです」

おせっかいで話し好きがオバチャンの特徴だ。

「近年流行りの『効率性』を彼女たちは気にしません。無駄話もしますし、遠慮なく相手のプライベートについて質問します。それが許されるのは『人徳』と言ってしまえばそれまでですが、何より大きいのは、立場で人を判断しないことでしょう。上下関係にさほど興味がないため、どのようなポジションの人とも分け隔てなく話せるのです」

オバチャンもジジイと同じく、性別や年齢に関わらず、誰もがなれるキャラクターだ。

「人が大切にされる会社の経営者は『オバチャンキャラ』であることが多いですね。カッコつけず、人との間に垣根を設けず、威厳はあるけれど偉ぶらない。

男性だから女性だから、新人だからベテランだからではなく、皆に対して『一人の社会人』として接するので、社員たちに慕われます。

そんなリーダーのもとで豊かなつながりが生まれ、皆が生き生きと働けるようになります。有機的なコミュニケーションを充実させることが、結局のところ、働き方改革への一番の近道ではないでしょうか」

人生で大切なことは、すべて幼稚園で学んだ

自分はオバチャンキャラとは程遠い、と言う人も悲観することはない。人同士のつながりは、ごく小さなことから構築していくことができるからだ。

「その方法を、私たちはすでに幼稚園で学んでいます。『悪い事したら謝ろう』『親切にされたらお礼を言おう』『挨拶をしよう』と皆習ったはず。大人になると、なぜか忘れてしまうのは不思議ですね。数十年時計を巻き戻して、あの習慣を実践しましょう」

手始めに、職場での「おはようございます」「行ってらっしゃい」や「お帰りなさい」「お疲れ様です」を徹底すると良い。

「周囲の同僚はもちろん、顔と名前が一致しない他部署の人、顔も名前も知らないエレベーターの同乗者、業者さんに至るまで、皆に挨拶をしましょう。その際は『心を入れない』のがコツです。

『あの人は嫌いだから挨拶したくない』『あの人、挨拶を返してこなくて不愉快』などと思わずに済みますから。淡々と粛々と、筋トレだと思って続けましょう」

筋トレと同じく、挨拶も継続すれば必ず変化が現れるという。

「1カ月もすれば、周囲の空気が変わったのを実感できるはず。帰ってくる挨拶に笑顔が添えられているのも感じるでしょう。知り合いが増えて、頼み事もしやすくなるかもしれません。

この小さな習慣は、組織のありようを変える可能性も秘めた、大きな第一歩なのです」

河合 薫(かわい・かおる)健康社会学者
東京大学大学院医学系博士課程修了(Ph.D)。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸㈱に入社。気象予報士として、テレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院に進学し、現在に至る産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークし、その数は600人に迫る。長岡技術科学大学、東京大学、早稲田大学などで非常勤講師を歴任。早大感性領域研究所研究員。最新著書『考える力を鍛える「穴あけ」勉強法』(草思社)。『モーニングCROSS』(TOKYO MX)、『情報ライブ ミヤネ屋』(YTV系)にコメンテーターとして出演中。(『THE21オンライン』2019年4月号より)

提供元・THE21オンライン

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