手書きの良さは「自由」であること

スマートフォンのメモ機能も便利だが、コンサルタントなど「考える」職業の人たちはあえて手書きでメモやノートを取る人が多い。情報を記録するだけでなく、紙面を自由に使って思考を広げ、深め、アイデアを生み出したり問題解決につなげるには、手書きすることが効果を発揮するのだ。自身もノートやメモをよく使うという佐々木直彦氏にお話をうかがった。(取材・構成=塚田有香)

自由度の高さこそが手書きの最大のメリット

思考を整理するには、パソコンやスマホなどのデジタルツールより、「ノートに手書き」というアナログな方法が効果的です。

手書きの最大のメリットは、自由度の高さです。ノートを開き、好きな場所に好きなことをいくらでも書き込めます。文字の大きさも自由だし、書いた文字を丸で囲ったり、線を引いたりするのも自由。図やイラストも思うままに描けます。4色ボールペンやサインペンで色や太さを変えれば、視覚的に強調したり、色分けによって内容を整理しやすくもなります。

余白を活用できるのも、手書きの利点です。打ち合わせやヒアリングで人から聞いた話をその場でメモし、あとから見返して余白の部分に自分の考えを書き込めば、情報をもとに思考を展開できます。私の場合、ノートは基本的に見開きで使い、左ページに情報を記録し、右ページは空白にしておいて、記録をもとに考えたことを書くスペースにしています。書き込める情報量が多く、自分の思考のプロセスや感情の動きまで可視化できるのもノートの良さです。

デジタルでも文字や図は作れますが、どうしてもソフトに依存しやすく、図やイラストも既成のフォーマットに従って描くので、人間の細やかな感覚をそのまま表現するのは難しくなります。せっかくその人ならではの思考が生まれても、フォーマットに当てはめて整理すると、結局どれも同じような印象になってしまうのも残念な点です。

デジタルは余白を使いにくいのもデメリットです。ワードの文章に加筆するにしても、一度プリントアウトして手書きで書き込むにしても、手間がかかります。その点、紙のノートならいつでもすぐ開いて書き込めます。思考した結果をプレゼン資料や提案書に仕上げるにはデジタルが役立ちますが、思考を整理する過程では、やはり手書きに軍配が上がるでしょう。

思考整理の第1歩は「問い」を書くこと

では、具体的に何をノートに書けばいいのか。その第1歩は、「問い」を書くことです。

「なぜ上司は自分の提案を却下したのだろう?」「なぜ今日のプレゼンはうまくいかなかったのだろう?」など、気になっていることやモヤモヤしていることについて、「なぜだろう?」と問いを書いてみる。これが思考を整理する出発点です。

 問いを書くと、人間は答えを出したくなります。その衝動に任せて、頭に浮かんだ言葉を思いつくまま書き出してください。ノートの上に可視化された自分の思考を客観的に眺めると、自分が置かれた状況を冷静に掴めるので、それだけでも混乱していた頭がスッキリします。

色々と書き出しても、最終的な結論は出ないこともあります。それでも、「答えに近づくために何をすべきか」という次のアクションは必ず見えてきます。上司に提案を却下された理由はわからなくても、「上司のことをよく知る先輩のAさんに、相手が何にこだわる人なのか聞いてみよう」といった次の行動は思いつくはずです。あるいは書き出すうちに、「自分の説明不足だったかも」といった反省点が見えてくることもあるでしょう。だったら、「提案の根拠がもっとわかりやすく伝わる方法を工夫してみよう」といった次の行動を取ることができます。

次の行動が起こせれば、人間は前に進めます。大事なのは、頭の中だけでモヤモヤ考えて、思考停止に陥らないことです。

◯や矢印を使うだけで簡単に関係性が見える

言葉で書き出した思考をさらに発展させるには、絵を描いて考える方法がお勧めです。

絵といっても難しく考える必要はありません。例えば言葉を円で囲ったり、矢印でつないだりするのも、立派な「絵」です。

二つの言葉を「◯」で囲んで横に並べればフラットな関係を表現できますし、上下に並べれば上司・部下の関係や組織の意思決定の流れを表現できます。どちらかの「◯」から「→」を出せば、一方がもう一方に影響を及ぼすことを意味し、二つの「◯」が「←→」を結べば、互いに影響し合っているか対立していることを表せます。

こうして絵を描くだけで言葉の意味やお互いの関係がクリアになり、思考を整理しやすくなるのはもちろん、イメージを膨らませたり、ユニークなコンセプトを発見したりといった発想の広がりも生まれます。

一例として、私が「手書きの良さ」について取材を受けたとき、どのように思考を展開したかご紹介しましょう。

まずはノートに「なぜ手書きが良いのか?」と問いを書き、思いつくまま答えを書き出します。「すぐ書ける」「絵になる」「自分が面白い」など、箇条書きで九項目を書き出せましたが、さすがにこれだけ多いと思考が拡散してしまい、これという結論が見えてきません。

そこで、この中から「柱」となるキーワードを一つ選ぶことにします。私が柱を見つけるときは、「最も重要だと直感したもの」や「説明しやすいもの」を選ぶことにしています。このときは「自由」に着目し、ノートの次のページを開いて、この言葉を真ん中に置いて太い線の「◯」で囲みました。そして、残り八つの言葉を「自由」の周辺に置き、それぞれを矢印と点線で結んで関連性を整理します。

こうして「なぜ手書きが良いのか?」の問いに対し、「自由だから」という答えに到達できました。ここから「手書きは自由である」という明快なコンセプトを見出すことができ、さらに残り八つのキーワードとの関連性もわかりやすく伝えることができました。これが箇条書きのままだったら、「手書きの良さは、すぐ書けるし、絵になるし、それから自由だし……」と、ただ思いつきの言葉を並べるだけで、相手に要点は伝わらなかったでしょう。絵を描いて考えると、非常に納得感のあるロジカルなストーリーを作れるのです。

相手に伝わりやすくなる「ノートの地政学」とは?

ビジネスにおいては、思考を整理するだけでなく、最終的に「問題解決ややりたいことの実現のために、未来に向かって何をするか」の答えを出す必要があります。しかも問題の多くは、一人で解決することはできません。人を巻き込んだり、協力者を得るには、相手がその気になって動いてくれるように自分の考えを伝えることが重要です。そのためのツールとしても、手書きのノートは有効です。

誰かに見せることを前提に自分の考えを整理するときは、「ノートの地政学」を知っておくと役立ちます。実はノートの紙面には、場所によって違った意味と役割があります。

「右上」…未来。こうありたい姿やビジョンに向いている

「左下」…過去。テーマや課題の原因・背景に向いている

「真ん中」…現在。テーマや課題、戦略の柱などに向いている

「左上・右下」…未来へ向かう推進力になる言葉や、真ん中の言葉に関連する説明やキーワードに向いている

 この役割に沿って言葉や絵を書いていくと、左下から右上に向かって「過去→現在→未来」、または「背景→戦略→ビジョン」という流れが出来上がります。地政学を活用すれば説得力が生まれると同時に、未来へ向かってステップアップして行く前向きなイメージが感覚的に伝わり、人を動かす力が生まれるのです。

相談を受けるときも手書きが役立つ

「ノートの地政学」は、人から相談を受けるときも役立ちます。

相手の話を聞きながら、「現状やこれまで壁になっていたこと」はノートの左下に、「これからやりたいことや実現したいこと」は右上に書いていきます。そして相手にノートを見せながら、「左下の現状から右下の未来へ行くために、真ん中のスペースをどう埋めればいいと思いますか?」と質問し、一緒に答えを考えてください。それを真ん中に書き出せば、「過去→現在できること→未来」という流れが可視化できて、相手も未来に向かって行動する意欲が湧きます。

自由度の高い手書きなら、こうして様々な場面でビジュアルの力を最大限に活用できるのです。

<『THE21』2019年8月号より>

佐々木直彦(ささき・なおひこ)
メディアフォーラム代表取締役
1958年、秋田県生まれ。一橋大学社会学部卒。リクルート、産業能率大学研究員を経て起業。独自の問題解決術・コミュニケーション技術を駆使し、多くの企業で変革と創造を実現。また、多数のビジネスプロデューサーを育成するなど、ビジネスパーソンの新しいチャレンジを支援。2010年より、デジタルハリウッド大学大学院客員教授。著書に, 『考えるノート』(日本能率協会マネジメントセンター)などがある。(『THE21オンライン』2019年08月27日 公開)

文・塚田有香/提供元・THE21オンライン

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