データ分析と経験知を掛け合わせロイヤルカスタマーを増やす

「顧客のビッグデータをマーケティングに活かす」ということが言われて久しいが、ビッグデータを処理できれば、マーケティングが完璧になるわけではない。それどころか、日々、店頭で顧客に接する人間の重要性がいよいよ増してくると、数々の企業で小売り・マーケティングに携わってきた逸見光次郎氏は話す。いったい、なぜなのか? 話をうかがった。

デジタルデータの活用がマーケティングを変えた

マーケティングの概念や手法は、ここ10年で大きく変化しました。

以前は、商品部や販売部に付随する調査部門がすることというイメージで捉えられていましたが、今では、あらゆる部門の人が関わって行なう、経営方針を左右する重要なものになっています。

また、消費者の行動をデジタルデータで正確に把握し、活用できるようにもなったのも大きな変化です。

これは、コンピュータのデータ処理能力が格段に進歩し、膨大なデータをスピーディに処理できるようになり、操作も簡単になった結果です。なおかつ、コストも大きく下がりました。誰もが、必要なときに、必要なデータを、すぐに使えるようになりました。

ポイントカードとスマホが普及したことも、デジタルデータが活用できるようになった大きな要因です。これにより、顧客一人ひとりの行動がつかめるようになりました。

ポイントカードが普及する以前は、商品が売れた数や、レジ打ちの担当者が入力する顧客の性別やおおよその年齢くらいしか、把握できる情報がありませんでした。ところが今は、誰が、いつ、何回、どこで、何を購入したかなどの情報が、細かくつかめます。

スマホアプリを導入し、検索履歴とも照らし合わせることで、店内に何分間滞在して、何を買わず、何を買ったか、ということまで把握している企業もあります。

正しいのはデータより現場を知る店頭スタッフ

しかし、データが大量に収集できるようになったものの、それを使いこなせていない企業も多くあります。

そう言うと、すぐに「データサイエンティストが不足している」という話になりがちなのですが、データを分析して、その結果を鵜呑みにするのは危険です。データが本当の顧客の行動を反映していないことが、往々にしてあるからです。

例えば、私が以前勤めていたキタムラでは、七五三や小学校入学などの記念日に写真を撮影する『スタジオマリオ』を運営しています。その顧客は、Tカードのデータによると、子供の母親である20~40代の女性が中心でした。

では、その人たちを対象にした広告メールを送れば効果的かというと、そんなことはありません。本当にお金を出しているのは、子供の祖父母だからです。広告メールを母親たちに送るにしても、プリントアウトして祖父母に渡してもらえるような体裁にしたり、紙のDMを送るなどの工夫が必要です。

こういったことは、実際に店頭に立っているスタッフにとっては、当然のことです。しかし、オフィスでデータを分析しているだけでは気がつきません。

データが示すものと店頭スタッフの経験知が一致しない場合、正しいのは常に店頭スタッフだと、私は考えています。データをもとに施策を打つときは、現場の声とすり合わせることが不可欠です。

さらに言えば、AIが進化すれば、データ分析の担当者は必要なくなるでしょう。しかし、肌感覚で顧客のことを理解している店頭スタッフの重要性は変わりません。

ネット通販が普及していますが、店舗はこれからも重要な位置を占め続けます。ネットで商品を注文しても、受け取りは、最寄りのコンビニなど、店頭でしたいという人が多いからです。その最大の理由は、受け取るタイミングを自分で決められること。買い物の利便性を上げるためには、顧客の可処分時間の有効活用という点にも着目するべきです。

どんな社員を評価するか。人事制度もマーケティングの一部

顧客一人ひとりの行動がわかるようになったことで、購買を促す施策の打ち方も変わりました。すべての顧客に対して同じ施策を打つのではなく、個々の顧客に対して最適な施策を打てるようになったのです。

これも、店頭スタッフが常連客と初めての顧客とで対応を変えるのと同じことです。ただ、データによって、「○度目に購入する顧客」「○年ぶりに購入する顧客」などと、より細かく購買行動を把握できるようになったわけです。

性別や年齢などの属性によって顧客を区分することがよくありますが、属性よりも過去の購買行動によって区分したほうが効果的であることもわかっています。

何度も頻繁に買ってくれる顧客に対して販促をかけたり、感謝を込めて特典を設けたりするほうが、新規顧客を開拓するよりも効率が良いですし、ロイヤルカスタマーに手厚い還元をするのは理に適ってもいます。

どういう顧客に対して、どのような対応をすべきかがわかれば、商品開発も、それに合わせて行なわなければなりません。

生産部門にも、昔のように「ロットを大きくして商品1個当たりの原価を減らす」という考え方をするのではなく、エリアごとの顧客に合わせて必要な数だけを供給することが求められます。

人事部も、マーケティングと関係します。

例えば、店舗ごとに競わせ、売上げの高い店舗を高く評価する制度にしていると、顧客が求める商品が店頭にないとき、他の店舗の在庫を調べずに、自店にある別の商品を勧めるということが起こってしまいます。良い商品は、お互い、渡したくなくなるからです。

顧客が繰り返し自社の商品を購入する、つまり、「LTV(Life Time Value)」を最大化するためには、他の店舗の在庫も調べて顧客に伝え、希望すれば取り寄せもするべき。そうした対応をしているかどうかを、評価のポイントにするべきなのです。

データは、顧客についてだけでなく、スタッフについても取れますから、売上げだけでなく、顧客満足を上げてLTVを上げたことを、データに基づいてきちんと評価すること。スタッフの管理を強めるためにデータを使うのではなく、評価するために使うのだということを丁寧に説明することも欠かせません。

このように、マーケティングとは、企業の内部の組織と一体になった戦略なのです。あなたがどんな部署にいようと、マーケティングの視点を持って仕事をすることは欠かせません。

文・逸見光次郎(へんみ・こうじろう)
オムニチャネルコンサルタント
1970年、東京都生まれ。学習院大学卒業後、〔株〕三省堂書店を経て、99年にソフトバンク〔株〕に入社、イー・ショッピング・ブックス〔株〕(のちの〔株〕セブンネットショッピング)立ち上げに参画。2006年、アマゾンジャパン入社。07年、イオン〔株〕入社。11年、〔株〕キタムラに入社し、オムニチャネル推進に従事。その後、〔株〕ローソンを経て、独立。著書に『デジタル時代の基礎知識「マーケティング」』(翔泳社)がある。《取材・構成:林 加愛》(『THE21オンライン』2019年6月号より)

提供元・THE21オンライン

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