採用も、まずは数値目標の設定から

会社が人材を集めるために重要なのが「採用」だ。労働人口減少の中、人手不足に悩む企業は多い。採用コンサルタントの酒井利昌氏は、日本企業の採用に関して、大きな問題の一つに「時代は大きく変わっているのに、採用に関する考え方が変わっていない」ことがあると指摘する。では今、採用をどう進めればよいのか。詳しくうかがった。(取材・構成=塚田有香)

採用に苦しむ企業が抱える三つの課題

最近はどの企業でも、「いい人が採用できない」という声が聞かれます。人手不足を背景に売り手市場が続き、大手や有名企業でも新卒の学生に内定辞退されるケースが続出しているほどです。2020年卒の採用充足率(内定者数/募集人数)は80.4%で、17年卒の87.7%から右肩下がりで急落しているのが現状です。

採用に苦しんでいる企業の課題は、主に3点あります。1点目は、そもそも人を集められない。特に中小企業や地方の会社は、学生や求職者たちにあまり知られていません。人間は知らないことを怖いと感じるので、どうしても「知っている会社の方が安心」という心理が働きます。認知度の低い会社は「ブラック企業ではないか」と色眼鏡で見られることも多く、募集しても人が集まりません。

2点目は、人を見極められない。会社の採用基準が明確でないため、自社に合わない人を採ってしまうケースです。多くの会社では、それぞれの面接官が主観で判断するため、採用基準に一貫性がありません。だからある面接官は優秀だと思って採用した人でも、実際の現場に出たらまったく適応できない、といった事態が起こるのです。

日本企業の採用基準は15年以上変わっていない

それに産業構造やビジネス環境が急速に変化し続けているのですから、自社の採用基準も変化して当然です。ところが経団連の調査によると、企業が「新卒採用の選考時に重視した点」は、16年連続で「コミュニケーション能力」が1位。採用基準が時代の変化に全く対応していない現状は異様です。就職氷河期の買い手市場を経験し、過去に採用がうまくいっていた企業ほど、現状維持バイアスが作用して採用基準を更新しない傾向があります。

3点目は、動機づけができない。つまり「この会社で働くといいことがありますよ」とPRし、自社の志望順位を上げて選ばれるための努力をしていない。だから内定を出しても辞退されてしまうのです。

こうした課題を克服し、採用目標を達成したいなら、戦略を立てることが不可欠です。

採用プロセスを数値化して管理する

多くの会社は、かなり感覚的な採用をしています。最終的に何名採りたいかという数値目標はあっても、そこに至るまでの進捗管理は曖昧です。最終目標を達成するには、採用活動のプロセスを分解し、全体を俯瞰したシナリオを設定して戦略的な採用を行う必要があります。

具体的には、採用の入り口となる「初回接点」から出口となる「内定承諾」までの流れを数値化して管理します。私はこの管理手法を「採用パイプライン」と名づけています。最終的な数値目標から逆算して、「内定承諾が10人なら、その前の『内定通知』は20人に出す必要がある」「だったら、その前の『最終選考』には30人は必要だ」などと、プロセスごとに数値目標を設定します。

「コミュ力」を採用時に重視しなくていい理由

これらの数値は、前年度のデータや実績などの客観的事実に基づいて設定してください。もし前年度は内定通知が20人、うち内定承諾は5人だったのであれば、歩留まりは25%。今年の内定承諾の目標が10人なら、逆算すると25人に内定通知を出す必要があります。

自分の会社に明確な採用基準がないなら、こちらも今すぐ設定すべきです。ただし、多くの要件を盛り込みすぎると、該当する応募者も少なくなります。大事なのは、「先天的/後天的能力」を分けて考えること。そして、入社後の教育で後天的に伸ばせる能力は、思い切って採用基準から外しましょう。

例えば「コミュニケーション能力」は、入社後の教育で伸ばせる能力の代表格です。しかし前述の通り、日本企業の多くが採用で最重要視しています。入社後に伸ばせる能力にこだわって、本来なら自社で活躍できたはずの人材を逃しているとしたらもったいない話です。

教育で伸ばせない先天的能力とは?

ただし、後天的能力は教育すればすぐ伸びるわけではありません。

よって採用基準を決める際は、「教育の機会を提供するつもりがあるか」「成果を出すまでどれだけ待てるか」を合わせて考え、「いつまでにどれくらいのリターンを期待するか」を明らかにしてください。入社後の教育とセットで考えて採用基準を決めないと、せっかく採った人材を生かすことはできません。

一方で、教育では変えられないものがあります。それが「価値観」です。よって採用基準の設定では、むしろ「価値観のマッチング」を重視すべきです。

特に若い世代は、仕事にやりがいや自己実現を求めています。東日本大震災以降はその傾向がさらに強まり、人材会社ディスコの「2019年採用マーケット分析」によると、新卒学生が就職先を決めた理由のトップは「社会貢献度が高い」でした。裏を返すと、会社と価値観が合わなければ、採用しても辞めてしまうということです。

よって企業は、「自社で働くとどんなやりがいや喜びを得られるか」を言語化し、その価値観を採用基準に盛り込むことが必要です。さらには採用活動の中で、企業が学生や求職者に会社の価値観をもれなく伝えることが大切です。

ポイントは「既存の社員たちはなぜこの会社で働き続けているのか」「どんなときに働きがいを感じているか」という事実を伝えること。すると相手は、自分と会社の価値観が合うかどうかをセルフスクリーニングできます。

活躍している社員の共通点を洗い出す

会社としての採用基準は、「なぜ自社にこの基準が必要なのか」の論拠とともに言語化し、「採用基準シート」として、採用に関わる人たちで共有してください。

このシートを作る際は、社内で高い成果を出している社員の仕事を観察したりヒアリングしたりして、共通する能力や行動特性を見つけ出します。ここでやってはいけないのが、経営層や現場などそれぞれに「どんな人がいいですか?」と意見を聞くこと。意見とは主観なので、必ずしも正しいとは限りません。実際に活躍している社員を観察して、客観的な事実を把握すべきです。

採用基準の設定やプロセス管理を担う人事は重要な仕事ですが、社内調整に追われて、気づくと世間の感覚とずれてしまう……という危険性があります。社外の情報収集を欠かさず、ビジネス環境やマーケットについて知り、経営的な視点を養わなければ採用の戦略は立てられません、社内・社外のバランス感覚を持つことが「いい人事」の条件です。

<『THE21』2020年3月号より>

酒井利昌(さかい・としまさ)
アタックス・セールス・アソシエイツ 採用コンサルタント
学習塾業界、人材サービス業界を経て、アタックス・セールス・アソシエイツ入社。年間150回以上の研修、セミナー、コンサルティング支援に従事。営業コンサルティングに加え、採用コンサルティングにも携わり、超売り手市場の中、担当した企業すべてを短期間で採用目標達成に導いている。著書に、『いい人財が集まる会社の採用の思考法』(フォレスト出版)などがある。(『THE21オンライン』2020年03月16日 公開)

提供元・THE21オンライン

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