羊水に満たされた子宮内にいるとき、赤ちゃんは当然肺呼吸をしていません。
赤ちゃんは産道から出た後、数秒で肺呼吸に切り替わり、自分で酸素を取り入れるようになるのです。
この非常に難しそうに思える「人生で最初の呼吸」は、どのように起こるのでしょうか?
赤ちゃんが初めて呼吸するときのメカニズムを解説します。
胎児の心臓には2つの特徴がある
胎児はへその緒を通して母親とつながっているので、胎盤から直接酸素を含んだ血液を受け取っています。
そのため肺呼吸による酸素供給は必要なく、肺自体が使われていません。
胎児の間、肺はいくらか収縮しており、中は液体で満たされた状態にあるのです。
当然、胎児と成人では、血液の循環の仕方が異なっています。

一般的に知られている新生児や成人の血液循環は以下のとおりです。
- 全身→右心房→右心室→肺動脈→肺→左心房→左心室→大動脈→全身
全身から帰ってきた酸素の少ない血液は心臓の右側を通って肺に送られ、肺で酸素を補充。
そして酸素を十分に含んだ血液は、心臓の左側から全身に送られます。
つまり、心臓の右と左のポンプで肺を経由させているのです。
ところが胎児は、そもそも胎盤を通して酸素が供給されるので、肺を経由させる必要がありません。

そのため胎児の心臓には、成人にはない2つの特徴があります。
それは右心房と左心房をつなぐ穴「卵円孔(らんえんこう):Foramen ovale」と、肺動脈と大動脈をつなぐ血管「動脈管(どうみゃくかん):Ductus arteriosus」です。
卵円孔が右心房と左心房をつなぐので、全身から帰ってきた血液の大部分は左心房に流れ、肺を通らずそのまま全身に送り出されます。
さらに動脈管のおかげで、卵円孔を通らなかった一部の血液も、肺を経由する前に大動脈へつながり、そのまま全身に送り出されます。
つまり胎児の心臓は2つの特徴によって、肺を経由させない単純なポンプとして働くのですね。
では、このような胎児のメカニズムは、生まれたときにどのように変化するのでしょうか?
赤ちゃんの肺と心臓は生まれてすぐに変化する
胎児の心臓には成人にはない特殊な穴と血管によって肺をバイパスしています。
しかし私たちが知っているように、産道から出た子供はすぐに産声をあげ、肺呼吸するようになりますね。

実はこの呼吸への移行は生まれた直後、急激に起こります。
胎児の肺は、子宮内の羊水と、肺の細胞が分泌した肺胞液に満たされています。
しかし、狭い産道を通るとき圧迫されて多くを吐き出し、残った液体は肺の中で液体を分泌してきた細胞が、逆に機能して吸収されます。
これにより肺には酸素を取り込むためのスペースが生まれます。
そして赤ちゃんの最初の呼吸によって、すぐに肺は空気で満たされた状態になります。
ちなみに、この最初の呼吸は非常に強力なので、場合によってはこの時に肺に穴が開いてしまうこともあるのだとか。

さて、2010年の研究によると、この最初の肺の膨らみによって肺の血流は低圧状態になるようです。
これにより右心室から肺に血液が一気に流入。
結果として新しい血流の経路が生まれ、胎児特有の血液循環から、肺を経由する本来の血液循環へと移行します。
ではこの時、胎児特有の2つの特徴はどうなっているのでしょうか?
胎児の心臓の特徴は生後2日以内になくなる
胎児の特徴だった卵円孔と動脈管は、赤ちゃんの呼吸と同時に変化します。
2010年の同じ研究によると、肺が膨らんで低圧状態になると、卵円孔は閉じてしまうようです。
これにより右心房と左心房の通路が消え、ほとんどの血流が右心室を通して肺に流れ込むようになるのです。
一方、動脈管については生後少しの間は失われません。
肺の低圧状態によって新しい血流の経路ができると、動脈管はもはや必要ありません。
そのため動脈管は徐々に収縮し始め、生後2日以内には閉じてしまうようです。
この時点で初めて、赤ちゃんの全身から帰ってきた血液の100%が、肺を経由することになるのです。

ちなみに、生まれたばかりの赤ちゃんの肌がピンク色になって、いわゆる「正常な状態」だと判断されるには約5分かかります。
しかし血液の循環経路の移行は、文字通り「一息のうちに」起こっているのです。
小児病院のある医師は、その一瞬の移行について「まさに魔法のような瞬間だ」と述べています。
赤ちゃんの誕生はよく奇跡に例えられますが、呼吸と血液の循環を見ても、やはり奇跡的な瞬間だと言えるのですね。
参考文献
What happens when a baby takes its first breath?
提供元・ナゾロジー
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