大人になって、はじめて匂いを感じた女性が発見されました。
あるドイツ人の女性(仮称:サラ)は生まれつき、匂いを感じるために必要な脳領域(嗅球:きゅうきゅう)が存在せず、うまれてからずっと、匂いのない世界で生きてきました。
変化が訪れたのは22歳のとき。
サラは鼻に嗅覚のような感覚を覚え始めます。
そして24歳になったある日、サラは突然、ラベンダー、ニンニク、肥料などさまざまな匂いに気付き始めました。
それからは数週間ごとに、次々と新たな匂いを認識するようになっていったとのこと。
嗅球が存在しないはずのサラの脳で、いったい何が起きていたのでしょうか?
研究結果はドイツのドレスデン大学の研究者たちによってまとめられ『Neurocase』に掲載されました。
24歳ではじめて匂いを感じた女性にとって世界は悪臭まみれだった

私たちが匂いを嗅げるのは、鼻の嗅覚神経と大脳が、嗅球と呼ばれる領域によって接続されているからです。
しかしサラの脳には生まれつき臭球が存在しませんでした。
そのため鼻の神経と大脳が健康でも、サラは匂いを感じることができないまま生きてきました。
しかしサラが20代になると、変化が現れはじめます。
全く匂いを感じられなかったサラの鼻が、嗅覚を感知し始め、24歳になったある日、突然、さまざまな匂いを認識する、奇跡のような変化が起きたのです。
さらに感じられる嗅覚のレパートリーは、数週間ごとに増え続けていきました。

ただ残念なことに、サラにとって新たな感覚は非常に不快なものでした。
新たに増えていく嗅覚のほとんどが、悪臭に感じられたからです。
人間の匂いに対する好みは幼少期に形成されるため、ずっと嗅覚がなかったサラにとって世界は馴染みのない嫌な臭いだらけだったようです。
一方、興味を持った研究者たちは、サラに対して32種類の系統の異なる香りを用いてテストを行いました。
結果、サラはオレンジ、ミント、煙、松の油(テレピン油)、生姜、ライラック(花)など半数の匂いを認識できると判明します。
2019年にもイスラエルの研究者たちによって、女性全体の0.6%、左利きの女性に限れば4.6%にあたる人々が、嗅球がほとんどないにも関わらず、正常な嗅覚をもつことが示されています(※男性の場合は、嗅球の喪失は嗅覚の喪失に直結する)。
イスラエルの研究者たちによれば、嗅球がない人々(女性)は鼻の神経と大脳を接続する「迂回路」を形成することで、嗅覚を獲得していた可能性があるとのこと。
しかし通常、そのような脳の柔軟性は幼少期に限定されており、サラのように完全に成人してからの、突然の嗅覚の芽生えは異例と言えます。
この点について、論文の第一著者であるペレグリーノ氏は、サラの脳もまた嗅球の欠如を補うために「迂回路」を作っていたものの、ホルモンなど何らかの体内環境のせいで「迂回路」の機能が妨げられていた可能性があるとのこと。
しかし加齢に伴う体内環境の変化で「迂回路」を塞いでいた原因が取り除かれ、嗅覚の目覚めが起きたのだろうと考えました。
ペレグリーノ氏の考えが正しければ、脳回路は体の調子によって制限を受ける、非常に流動的な存在だと言えるでしょう。
現在のサラはカレーの匂いを楽しんでいる

今回の研究により、脳の奇跡的な働きが新たに示されました。
鼻の神経と大脳を結ぶ嗅球が欠損していても、脳は迂回路を形成して嗅覚を復活させることができるようです(女性限定)。
また新たに形成された迂回路の働きは、加齢などにともなう体内環境によって大きく影響を受ける可能性も示されました。
現在サラは、さまざまな匂いに慣れるためのトレーニングを行っているとのこと。
トレーニングの成果は良好であり、カレーなどいくつかの食べ物の匂いに対して好感がもてるようになってきているようです。
この喜ばしい結果は、嗅球なしでうまれてきた人でも、適切な訓練で嗅覚を学べる可能性を示します。
元論文
Consequences of gaining olfactory function after lifelong anosmia
提供元・ナゾロジー
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