目次

  1. 「環礁を眺めて暮らしたい」考案者の夢が現実に
  2. ベトナム、そして北朝鮮へ
世界初の海上ホテルが1万4000キロを漂流して流れ着いたのは「北朝鮮」だった
(画像=Credit:Carl Smith, ABC Science、『ナゾロジー』より引用)

世界最初の海上ホテルは、1988年にオーストラリアで誕生しました。

同国の港湾都市タウンズビル沿岸から70km離れた環礁近海を浮かんでいたホテルは、オープン当初から多くの人気を呼び、一時は5つ星も獲得していたほどです。

あれから30年、海上ホテルは同じ場所にはありません。なんと現在は、1万4000kmも離れた北朝鮮に浮かんでいるのです。

絶大な人気を誇った海上ホテルは、一体どんな紆余曲折を経たのでしょうか。

「環礁を眺めて暮らしたい」考案者の夢が現実に

海上ホテルの考案者ダグ・タルカ氏は、オーストラリアの都市開発を担当するメンバーでした。

ダグ氏は90年代に亡くなっていますが、建設プロジェクトにも参加した実子のピーター・タルカ氏は「父はオーストラリアの海に浮かぶ美しい環礁に強く魅せられていました。その眺めを人々と共有したいと強く願っていたのです」と話します。

当初の計画は、3隻のクルーズ船を環礁に常時係留するだけの予定でしたが、現実性もなく、安全面にも欠けるため、却下されました。代わりに、採用されたのが、「世界初の海上ホテルを作ろう」という案だったのです。

世界初の海上ホテルが1万4000キロを漂流して流れ着いたのは「北朝鮮」だった
(画像=当時の「バリア・リーフ・フローティング・リゾート」/Credit:Barrier Reef Holdings、『ナゾロジー』より引用)

こうして、1988年の3月に、世界第一号の海上ホテル「バリア・リーフ・フローティング・リゾート」が誕生しました。

7階建に200近くの個室を完備し、テニスコートやナイトクラブ、バー、ヘリポートまで備わっていました。

当時、海上ホテルで働いていたベリンダ・オコナーさんは「ホテル内で開かれたパーティーやダイビング、ヘリで運ばれたピザなど、あの素晴らしい日々を今でも覚えている」と話します。

しかし、幸せな日々はそう長くは続かないものです。

ベトナム、そして北朝鮮へ

海上ホテルは、竜巻などの自然災害による客足の低下や高騰する維持費のため、経営困難に陥りました。

しかし経営破綻に陥っても別の場所に移動できるということが、海上ホテルの利点です。当時のオーナーは、損失を補うために、ホテルをそのまま移動させて、ベトナムの会社に売り払ったのです。

世界初の海上ホテルが1万4000キロを漂流して流れ着いたのは「北朝鮮」だった
(画像=栄華を誇ったナイトクラブ/Credit:Barrier Reef Holdings、『ナゾロジー』より引用)

ベトナムが戦後の観光ブームに突入したことで、海上ホテルは、高級な宿泊施設を迅速に手に入れるための良い機会と見なされました。

ホテルは「サイゴン・フローティング・ホテル」へと改名し、1989〜1997年にかけて、サイゴン川に留まることになります。ホテルはたちまち宿泊客の人気を集めましたが、海上ホテルの旅はまだ終わりにはなりませんでした。

ホテルは再び財政難に陥り、新たな買い手である北朝鮮へと移って行きます。

こちらは、北朝鮮のクムガンサン港に係留された現在のホテルの様子です。

世界初の海上ホテルが1万4000キロを漂流して流れ着いたのは「北朝鮮」だった
(画像=Credit:Youngsang Joo、『ナゾロジー』より引用)

あの頃の栄華はすでに失われ、廃墟然とした佇まいにはなっているものの、現在もひっそりとホテルとして経営しています。

美しい環礁地帯に浮かぶ楽園としてスタートしたホテルは、およそ1万4000kmを移動して、古びた港にたどり着きました。5つ星だった海上ホテルは、現在、利用者の平均評価2.8と輝きを失っています。

提供元・ナゾロジー

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