「上げ100日、下げ3日」という株式市場の格言がある。株価は上昇には時間がかかり、下落は急に起こりやすいという意味だ。この格言は米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策にも当てはまるように感じる。利上げは慎重な一方、危機時には利下げで素早く対応しているからだ。最近では利上げのみならず、資産買い入れ額の減額ですら、市場の「かんしゃく」を恐れて慎重に行っており、その傾向は年々強まっているように見える。事実、FRBのパウエル議長は足元でも緩和的なメッセージを発信し続けている。

一方で米国における物価上昇への懸念は高まっている。今年3月の米消費者物価指数は前年比2.6%上昇し、4、5月は昨年の大幅減速の反動もあって、前年比では一層のインフレ加速が見られよう。また、3月に成立した経済対策は、個人消費を刺激しそうだ。その結果、4、5月は前月比でもインフレ加速が起きるとみている。

こうした需要面だけでなく、供給面からもインフレは懸念される。ISM製造業景況感指数、非製造業景況感指数のいずれにおいても仕入れ価格指数や供給遅延指数が高水準で推移しており、供給制約に伴う価格上昇を懸念せざるを得ない。新型コロナウイルスが収束に向かいつつある米国の外食や旅行といったサービス業では、需要拡大に供給が追い付いていない。このため、今後は特にサービス価格が注目を集めよう。

それでもなお、FRBは緩和縮小に消極的だろう。2020年8月に金融政策枠組み見直しによって導入した「平均インフレ目標」に沿えば、一時的な物価の上振れは許容される。そしてパウエル議長は目先の物価上昇について一時的なものとして受け止めている。物価面からはFRBの緩和縮小が予想し難いとすれば、労働市場の改善が焦点となる。だが、こちらも足元の失業率はいまだ回復途上といえそうで、緩和姿勢を変更する理由とはなりにくい。

一方で、市場が予想する期待インフレ率である米10年BEI(ブレークイーブンインフレ率)は、足元2%台前半にあるが、2%台後半へと上昇する可能性もありそうだ。程度は限られるが、期待インフレ率の上昇を主因として長期金利に上昇圧力がかかるとみている。以上から、短期ゾーンの金利はFRBのハト派姿勢から上昇しにくく、一方で、期待インフレ率上昇と実体経済の回復で長期金利には上昇圧力が加わりやすい。米国債の長短金利差(10年-2年)は足元1.4%程度だが、10月ごろには2%程度に拡大するなど、イールドカーブがスティープ化しやすい状況が続くとみている。

米国の長短金利差がさらに拡大する可能性
(画像=『きんざいOnline』より引用)

文・T&Dアセットマネジメント ストラテジスト兼ファンドマネジャー / 浪岡 宏
提供元・きんざいOnline

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