このようにして研究者たちは、石器セットに含まれる石が非常に広い範囲から集められたことを明らかにしたのです。
ほかにも、カルパチア山脈付近で産出するチャートという石や、オパールなども見つかっており、道具セットは多種多様な産地の石で作られていました。
もう一つ面白い発見がありました。

道具セット29点の中で、同じ一つの石から割れた破片同士が確認できたのは、わずか1組だけだったのです。
これはつまり、この狩人がそれぞれの場所で石器を作り、旅の途中で必要な道具を継ぎ足しながら持ち歩いていたことを意味しています。
まさに「旅する道具箱」だったのです。
最後に、研究者はこの道具セットが地中に残された理由について考えました。
一つの可能性として、遠征先で道具が壊れてしまった時も、狩人は石器の破片を捨てずに再利用し、少しでも長く使えるように節約していたのではないかと推測しています。
やがてキャンプに戻った際、この道具セットは役目を終えてまとめて捨てられたり、うっかり紛失されたりしたのでしょう。
実際に石器の周囲には、元々道具を入れていたと考えられる有機質のケース(袋)の直接的な痕跡は見つかっていませんが、石器がまとまっていた状況から、何らかの袋に収納されていた可能性は十分にあります。
研究者はこの貴重な道具セットに対し「マイクロ発掘」と呼ばれる細かな調査を行いました。
その結果、この狩人がどのように石器を使いこなし、どのように節約・再利用をして暮らしていたかという、3万年前の「個人の物語」が鮮やかに浮かび上がったのです。
さらに、この道具箱に入っている石器をよく見ると、ちょっと奇妙なことに気づきました。