ミトコンドリア病は非常に多様な症状を持ち、筋力低下、てんかん、心不全、視力障害、発達遅滞などを伴い、重篤な場合には命に関わります。
母親のmtDNAに異常がある場合、その割合によっては、子どもに同じ異常が伝わるリスクがあります。

そのため、病気の発症を恐れて子どもを持つことを断念せざるを得ない女性も少なくありません。
他人の卵子を使う体外受精という選択肢もありますが、その場合、子どもは母親と遺伝的につながりを持たなくなってしまいます。
ここで登場したのが、ミトコンドリア置換法(Mitochondrial Replacement Therapy:MRT)です。
これは、母親の核DNAを健康なミトコンドリアを持つドナー卵子に移植することで、病的なmtDNAの伝達を回避する方法です。
特に注目されているのが「前核移植(pronuclear transfer)」という技術です。
この方法では、母親とドナーの卵子をそれぞれ精子で受精させます。
そして母親側の核DNAを取り出して、ドナー側の受精卵から核DNAを除去したものに移植します。
結果として、核DNA(遺伝情報の99.9%)は両親から、ミトコンドリアDNA(0.1%)はドナー女性から得られます。
このようにして、「3人の親から遺伝子を受け継いだ子ども」が生まれるのです。
ミトコンドリア置換法により8人の子供が誕生する
ミトコンドリア置換法の原型とも言える研究は、1990年代後半にアメリカで行われました。
1997年には、「3人の親を持つ少女」としてアラナ・サーリネンという子どもが誕生しましたが、この時期に用いられた方法は「細胞質置換」と呼ばれ、技術的にも安全性にも課題が残っていました。
その後、倫理的議論や安全性への懸念から、この分野の研究は約20年間凍結状態にありました。