山積するオフィスビル収益下落要因

まず、テナントの退去や床面積縮減が増えて、「即時入居可能床面積(ようするに空き室です)」が激増しています。

明らかに異常なブームを謳歌していたサンフランシスコでは、2019年の第1四半期には8%だった空室率が2023年第4四半期には37%まで上がっています。

ニューヨークはアメリカの大都市オフィス市場としては堅実にテナントをつなぎとめることに成功しているほうですが、それでも2019年第1四半期の11%から2023年第4四半期の19%まで空室が増えています。

さらに、先ほどご説明したとおり、Fedの連続利上げで金利一般が上昇しているため、運用にさまざまなリスクのある不動産物件の売却価格が急落しています。

やはり、この間金利一般の上昇率が高かったアメリカの大都市に建っているオフィスビルの売却価格の下落幅が大きくなっています。比較的うまくテナントをつなぎとめているマンハッタンでも、売却価格の下落率は15%を超えています。

そして、売却価格が下がること自体が、賃貸収益減少要因になります。ふつうの景況なら「こんなに賃貸収益が下がるのなら、いっそ売り払ってしまおう」と思うようなオーナーでも、売り値が低いのでさらに賃料を下げてでも経営を持続するほうが得だと判断するからです。

そして商業用不動産向け融資の物件種類別の延滞率推移を見ると、2020年春の第1次コロナ騒動の頃延滞が激増した小売や宿泊・娯楽施設などがその後急回復しているのに比べて、オフィスビル向けの融資は、むしろ最近になってじりじり延滞が増えていることに気づきます。

大きな理由として大企業テナントが長期契約で入居している床面積比率が高い大都市のオフィスビルは、不景気や突発要因による入居率の低下が長期契約の更改時期までずれ込む傾向があることです。

しかし、今回はもうひとつ景気サイクルの上下を貫いて、オフィス床需要が長期的に低下するのではないかと示唆する新しい要因が加わっています。

それは企業テナントが入居しているオフィスでの従業員の職場復帰率が延々と低水準にとどまっていることです。次の2段組グラフをご覧ください。

まず職場復帰率とは何かをご説明しましょう。オフィス入居率ではなく、特定のオフィスビルに入居しているテナント企業の従業員が毎日どれくらい入館証を使って出入りしているかを調べ、その数字をコロナ騒動直前の2020年2月の水準と比べた数値です。

上段を見ると、全市ロックダウンなどという極端な対策を講じた自治体もかなりあった2020年春は復帰率が軒並み1ケタから10%台とすさまじい低水準でしたが、その後2022年末ぐらいまではじりじり50%前後に上がってきました。

ところが、2023年を通じて50%を上限としてほぼ横ばいという状態になってしまったのです。

これが何を意味しているかというと、おそらく経営側から「週に何日は在宅勤務でもいい」といった指示が出ているかどうかにかかわらず、自主的に出勤を週3日にしたり、4日にしたりする人たちがテナント各社の従業員の過半数を占めているだろうということです。

下段の曜日ごとの平均復帰率の落差も、この推測の正しさを証明していると思います。10大オフィス圏すべて、職場復帰率がいちばん高いのは火曜日で、いちばん低いのは金曜日でした。

つまりほとんどの従業員が金曜日は出社せず、少なくとも出勤4日制にしていて、そのうちかなりの人たちは月曜も出勤せずに出勤3日制にしている。さすがに火曜日にはたいていの人が出社するので、火曜日がいちばん職場復帰率が高いのでしょう。

「在宅勤務の増加は出勤・帰宅時間のロスや移動のストレスがなくなって生産性も上がるから、ずっとこのままで差し支えない」との声もありますが、ほんとうにそうでしょうか。

仮にほとんどの業務を個人プレーでこなせるような仕事だったとしても、企業側としては「オンザジョブ・ノーハウの後輩への伝達まで含めて業績考課の対象にしているのに、それがうまくいかず困っている」ということも多いのではないしょうか。

実際に出勤する従業員の数が半減しても生産性は下がらずまったく問題ないと考えている企業でも、オンザジョブ・ノーハウの散逸に困っている企業でも、次の賃借契約更新のときの出方はほぼ同一で、賃貸面積の縮減でしょう。

つまり、今後かなり長期にわたってアメリカのオフィスビル市況は床面積需要の激減に引きずられて悪化しつづけるだろうということです。そして、この市況悪化の被害が最も大きく出るのは、借金のギアリングを高水準に維持して経営してきた賃貸業者です。

ご覧のとおり、アメリカ全土の商業不動産の総資産価値は2021年半ばのピークから昨年秋までで22%減少しただけですが、その総資産の55%は債務で維持していたのです。

債務は物件価値の収縮と一緒に減少してくれないので、総資産価値が22%減っただけで、自己資本の価値はマイナス49%と半減してしまったのです。

冒頭の3つの選択肢に話を戻しましょう。これほどきびしい景況になると、貸し手としては安全第一志向が高まります。

好立地の物件を運用経験が長い賃貸企業が持っている場合、担保権を行使して厄介なお荷物をしょいこむより、融資条件をかなり緩和してでもその企業が長期にわたって債務を返済し続けてくれることを期待するほうが現実的との判断に傾くでしょう。

だからこそ、融資条件を緩和して借り換えという道を選ぶべきだという結論が出ていたわけです。