教会の人権問題でマイルストーンとなったのは、第2バチカン公会議の「Dignitatis humanae」(1965年)だ。それに先立ち、ヨハネ23世(在位1958年~63年)は1963年、有名な平和教令「Pacem in terris」(地上の平和)を発表した。冷戦時代、ソ連・東欧共産政権下で多くの国民が粛清され、キリスト信者の信仰の自由が蹂躙されていた。「パーチェム・イン・テリス」は地上の真の世界平和の樹立を訴えたもので、世界の平和は正義、真理、愛、自由に基づくべきものと謳っていた。教会の「人権への取り組みへの決定的な一歩を踏み出した」と受け取られた。
ちなみに、冷戦時代、聖職者の平和運動「パーチェム・イン・テリス」はソ連・東欧共産党政権に悪用された。共産諸国は宗教界の和平運動を利用し、偽装のデタント政策を進めていったことはまだ記憶に新しい。興味深い点は、共産政権は「宗教はアヘン」として弾圧する一方、その宗教を利用して国民を懐柔していったことだ。教会は「地上の平和」をアピールすることで、「労働者の天国」を標榜する共産主義国に利用される結果ともなったわけだ。
バチカンはナチス・ドイツが台頭した時、ナチス政権の正体を見誤ったが、ウラジミール・レーニンが主導したロシア革命(1917年)が起きた時、その無神論的世界観にもかかわらず、バチカンでは共感する声が聞かれた。聖職者の中にはロシア革命に“神の手”を感じ、それを支援するという動きも見られた。バチカンはレーニンのロシア革命を一時的とはいえ「神の地上天国建設」の槌音と受け止めたのだ(「バチカンが共産主義に甘い理由」2020年10月3日参考)。
バチカンが今回発表した「Dignitasin finita」(25頁)では、カトリック教会の観点から個人の尊厳を侵害する長期にわたる一連の行為を挙げている。貧困、搾取、死刑、戦争、環境破壊に始まり、移民の苦しみや人身売買、さらには性的虐待など、特に教会自体の問題としても取り上げられる一方、代理出産、中絶、安楽死などの問題では断固として拒否、ジェンダー理論を通じて生物学的性別の否定には反対の立場を取っている。バチカンはこれまで複数の国連人権条約に署名してきたが、中絶やLGBTQ問題については「人権の印を押し付けようとする試み」として警戒している。
なお、バチカンニュースは最後に、「カトリック教会が人権の理論的基礎を完全に受け入れることは決してできないだろう」と述べている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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