トランプはこれまでのバイデンへの攻撃を弱め、米国の統一を強調する戦術を、狙撃事件以降取っています。非常に賢いやり方です。民主党は健康問題を抱えるバイデンでは勝てない状況にあり、カマラ・ハリスが候補になったとしても、今回の選挙では敗北が予想されます。

ここで日本の防衛問題以外で最も危惧すべきことは、トランプの思想が個人だけの問題ではなくなっていることです。トランプ大学の設立も具体化しており、彼の思想を具体化できる有能な人材がシンクタンクなどに集まっています。トランプは来年1月に大統領として活動を始める前から、自分の言うことを聞く人間を集め、特に身の安全を優先する独裁体制を確立しようとしています。第一期の時に連邦最高裁判事として自分の味方を送り込んだことで、司法を自分の有利に動かせるようにしました。

日本ではそれほど大きく報じられませんが、「大統領が公務中に行ったことは原則として免責される」という最高裁の判断もありました。これは、法の上に誰もいないはずの原則を否定し、トランプのような大統領を独裁者に近づける判決であり、米国史上最悪の司法判断とされています。

副大統領候補のヴァンスは、トランプがより大きな支持を得る要素の一つです。理想的には「有色の女性」が、バランスが取れて、より適任かもしれません。しかし、以下の理由もあり、トランプはかつて自身を「ナチス」とまで言いつつ、批判されたこともあるヴァンスを全体のバランスで選択しました。

オハイオ州などのラストベルト地域では、製造業が外国からの安い製品に負けて失業者と貧困家庭が増えました。最貧ではなく「中流の下」くらいですが、ヴァンスはそのような家庭に育ち、大学に行くお金がなかったため、米国の貧困家庭でよくある方法として軍に入隊し、奨学金を得て大学に進学しました。彼はエリートとされる海兵隊に入り、間違った諜報情報もあり、成功しなかったイラク戦争に従事しました。その後、オハイオ州立大学から名門エール大学の法科大学院を卒業し、計画的で合理的な人生を送ってきました。そして30代の若さで上院議員となり、その才能をトランプに見込まれ、選挙支援を受けました。

トランプはかなりの資産を持つ不動産業の家庭に育ち成功しました。彼はケースによっては嘘ともいえる主張を利用し、父親ができなかったマンハッタンに進出しました。トランプはコストパフォーマンスが良ければ外国製でもよいという消費者優先の考えに反対し、米国産業に大きなダメージを与えるグローバリズムを毛嫌いし、すぐに「減税」と共に「関税の導入」を口にします。

筆者は1980年代、日米経済摩擦を直接生取材しました。米政府だけでなく、全米の現場を隈なく周り、現場の声を聞きました。GMの副社長と対談。デトロイトの地元紙の一面トップにチェロキーで有名なアイアコッカと小生がやり合っている大きな写真が出たこともあります。ヴァンスは生まれたばかりくらいだろうが、ミシガンと並び、オハイオも訪問した州の1つです。

その時、日本では、自動車やTVなどにおける自分らの技術が凄い、適わない米国人が可哀そう。最初は日本製自動車をハンマーで叩き壊す米国人を嫌い、軽蔑した。「嫌米」という言葉が流行した。最後はなんと「憐米」まで言い出した。

日本と同じように強い保護主義で自国産業を守った欧州と。米国は欧州と違って公益優先で、市場開放し続けました。外国製でも安くよいものを消費者に届けるという姿勢を貫いた。さらにもともとの特許を50年代から米国から頂いたことも知らないで、日本人は米国を憐れんだ。その時のことをトランプは忘れていない。現在のトランプの言葉から、強く当時の憤りが感じ取れます。

80年代当時、米国の反撃が予想できたホンダなどは、米国の現地生産に努力した。GMとも手を組んだトヨタは、全米で社会貢献を進めた。日本の市場開放が進んでいないことを知っていたからだ。

これからのトランプ・ヴァンス政権は、例えば日本の自動車会社にも、雇用が保証される米国内での生産を強要、米国産以外の日本国産には高関税をかけて、消費者は買いにくくする方向性を目指すのは間違いない。

伝統的な米国の地場の製造産業を守る姿勢が、ヴァンスの育ちと成功に共鳴し、トランプとヴァンスのコンビは、11月の勝利に向けて強い説得力を持ちます。

ヴァンスは後日ベストセラーを書いたことでも分かるように、文才があり、賢い。基本的にイラク兵やテロリストと激しい銃火を直接交えることはなく、従軍記者のような仕事をしました。しかし、前線は前線です。命を賭けて国防に従事する海兵隊でも活躍しました。ですが、矛盾だらけのイラク戦争には疑問を抱いていたと聞きました。存在しない大量破壊兵器を理由に命を賭けた経験から、外国との関わりを最小限にする傾向が強くなっているとみられます。

ヴァンスとトランプは、「米国最優先」、外国との関わりを最小限にし、「二国間関係を重視」する点で共通しています。

クーデターともいえる議会襲撃事件などで、父親のトランプに絶望した娘のイヴァンカ夫妻。やはり今回の共和党大会の表舞台で派手に登場しませんでした。非常に優秀で、父親の嘘と人間性を問題視した「実の娘」に見捨てられたトランプが、次期大統領になろうとしています。

しかし1期目の時にはイヴァンカ夫妻の影響を受けてトランプは動きました。米大使館の移転、エイブラハム合意などを見ても分かるように、トランプのイスラエルへの拘りはいまだに強い。しかし、トランプ・ヴァンスにとって、ウクライナ戦争やイスラエル=ガザ紛争はさほど重要ではありません。東アジア、特に中国への対策が最優先で重要です。台湾有事にも関心はあります。

今回の狙撃事件で、予想通りトランプへの支持がますます強まっています。

最新ニュースで判明したように、バイデンのコロナ感染がダメ押しで、代打のハリスが戦うことになるでしょう。しかし、トランプにはまず勝てません。

トランプとヴァンス副大統領候補は米国第一主義を最優先にし、世界の民主化の優先度を下げるでしょう。反米・権威主義勢力が強まる中、ウクライナ支援を停止し、NATOなどの同盟関係を軽視する可能性があります。トランプと友好関係にあった安倍元首相が亡くなった今、日本との同盟関係も不透明です。

これは米国民の選択の結果です。さらに、岸田政権は、鹿児島の無人島の要塞化や、同じように中国の脅威を経験しているフィリピンとの協力強化、NATOとウクライナ支援でのさらなる協力、米国だけでなく欧州などとの防衛関係の合同プロジェクトを増加するなど、各種の努力をしています。

副大統領候補のヴァンスも、トランプと同様にウクライナ支援に反対しています。この延長線上で万が一の「台湾有事」の際、日本が危機意識を欠き、自国での努力を怠るようであれば、日米条約があるにせよ、トランプ政権や、9条が理由で日本が米国有事で動かないことを知る議会と米国民が、全力で動く可能性は小さいでしょう。

日本は台湾有事における「国土防衛」を中心に、トランプ新大統領が率いる米国の動きに対応する必要があります。

少し前に、バイデンが高齢からか、「中国の台湾統一に向けての武力行使には米国は対応する」と失言(高齢の彼にとっては本音ともいう)をしました。

他方の自国優先のトランプは経済・技術では中国に敵意を剥き出しにしています。しかし、中国が台湾統一を武力行使で実現する。その有事への対応までやるかは不透明です。

それどころではなく、トランプは台湾は「防衛費を米国に払え」とまで言いました。得意の交渉術の一部でしょうが、いかにお金にトランプが固執するかを証明しています。中国の台湾統一に向けての武力行使に関して、地政学的に影響がある日本にも当てはまる事例です。

先手を打った形で、岸田総理が国会無視で、バイデンに「防衛費2倍、ミサイル買います」と昨年言いました。これが米国の変化を日本政府がどうみているかを示す一つの明白な証拠です。

これまで「一つの中国」を原則的に認めつつ、武力介入もあり得るという米国の原則をトランプが放棄する可能性があります。その場合、日本が置いていかれることになるとも言えます。

中国による台湾統一は結論が100%出ています。誰も変えることはできません。多くは軍事力行使ではなく、サイバーや情報戦など、準軍事、非軍事の方法論がいくつもあります。一番可能性が高いのは、現在進行形で負傷者が出ている「臨検」。そして台湾新総裁就任の時に一回目の軍事演習が実施された「海上封鎖」。台湾を兵糧攻めにして無理やり統一する方法は、これから何度も繰り返されるでしょう。

最後は台湾に軍事侵攻する本物のミサイル攻撃、上陸作戦などの「武力行使」です。筆者は5年くらい前から何度も書いていますが、向こう3年で1割くらいの可能性です。その時日本はほぼ間違いなく巻き込まれるでしょう。

武力行使までいかなくとも、台湾を兵糧攻めにする南シナ海を中心とする海上封鎖の影響は日本経済を支えるシーレーンに直接的なダメージを与えます。

最近、海上自衛隊で不当受給、パワハラ、秘密情報漏洩など多数の不祥事が発生し、トップの海上幕僚長が引責辞任し、200人以上が処分されました。このような問題を起こしている場合ではなく、自国の防衛力を迅速に強化する必要があります。

10数年前までは、日本有事の際に米政府高官が「一緒に戦おう」と言っていました。例えば、親友のアーミテージ国務副長官が筆者に10年くらい前に言った言葉があります。「いままでは、米軍が操縦席に、日本人が後部座席に座っていたが、これからは操縦席に横並びに座って何でも一緒にやろう」と。しかし、最近では「まずは自衛隊が前線に出て、米軍が後方支援をする」という話も聞かれるようになりました。

米軍再編や沖縄の反米軍感情もあり、一部はグアムに移動しているため、在日米軍司令官の格は上がりましたが、日本防衛への全体的な関与が減少しています。筆者も本当に深く取材した史上最悪といえる昔の沖縄戦の体験。それとは全く違う現在の対中国への抑止力準備。後者の意味を理解せずに、その2つを重ね合わせて反対する沖縄人の反発で、ますます米側の腰が引けています(ただし重なる米軍兵士による性暴力事件の根絶と、県への遅滞ない報告義務の必要性は論を待たない)。

トランプ政権はウクライナ支援を停止するだけでなく、他国のために米国人が犠牲になることを最小限に抑える方針です。日本人が中国の脅威への危機感を持ち、自ら体を張る努力をしなければ、トランプ米国は日本人のために効果的に動かない可能性があります。

敗戦後70年以上にわたり、日本の防衛を米国に認めさせるなど、政府はしっかり賢く対応しました。だが、戦争と原爆は絶対悪。反対。それ以上は議論しない。ほぼ思考停止状態だった日本国民が、過去5年ほどの国際政治や世界の多極化の厳しい現実を知り、意識を高めて議論を深める必要があります。政府の説明がないので反対とか言って、終わらせるのではなく、日本国民全部がトランプ米国の誕生に備えて、対策を早急に講じることが重要です。