英BBCの国際放送ワールドサービスの番組「ザ・ヒストリー・アワー」(2023年9月23日放送・配信)によると、「優生学(ユージニックス)」の考え方が世界各国で出てきたのは19世紀末ごろ。この言葉そのものが英国の人類学者フランシス・ゴルトンによる造語だ。集団の遺伝的な質を向上させることを目的として米国、カナダ、ブラジル、ロシア、ドイツ、北欧、日本などで強制不妊手術や人工妊娠中絶などが行われた。
特に欧州で強い記憶に残るのは1930年代から40年代半ばにかけて、ナチス政権が行った断種政策だ。番組では強制不妊手術を施されたヘルガ・グロスさんの話が紹介された。聴覚障害を持つグロスさんは16歳でこの手術を受けた。友達も同様の手術を受けていたので、母親から病院に行くように言われてもあわてなかった。父親はグロスさんの手術当日娘と顔を合わせたがらず、病院にも同行しなかった。
戦争が終わり、同様の障がいを持つ男性と結婚したグロスさんは米国に移住した。何年か後にドイツに戻って妹が生んだ赤ん坊を抱いた。妹が赤ん坊に授乳する様子を見た時、グロスさんは初めて自分が子供を産めない体であることを実感し、大声で泣いたという。
ナチス政権が崩壊する1940年代半ばまでに、不妊処置を受けた人は40万人に上ると言われている。
番組には米ペンシルバニア州立大学のスザンナ・クローソン博士が出演し、南アフリカの状況について語った。
人口の大部分が黒人の南アフリカでは白人エリート層が政治の実権を握る期間が長く続いた。「南アフリカの優生学者が恐れたのは人種による社会の秩序が破壊されることで、そのためには『白人人口の文明化』を重要視した」と博士は言う。
増加の一途をたどる白人貧困層を文明化を阻害する存在として見なすようになった。白人層が弱体化すれば、人口数で圧倒的な位置にいる黒人層に負けてしまうと考えたという。そこで「貧困白人層の増加を止めようとした」。1932年、エリート層は南アフリカで最初の避妊指導所を設置し、貧しい白人女性たちに避妊具を与え、子どもを作らせないようにした。
日本では、1948年から96年まで48年間にわたって「戦後の過剰人口を抑制する」「不良な子孫の出生を防止する」という目的を持つ旧優生保護法の下、障がいを持つ多くの人が強制的に不妊手術を受けさせられた。今年6月、衆参両院の調査室などがまとめた報告書が発表され、約2万5000人が手術を受けたという。約75%が女性だった。最年少はいずれも当時9歳だった男女2人。しかし、誰がどのように手術を受けたのか、その全体像の把握が急がれる。一時支給法で一時金を受け取った人も少ないのが現状だ。
強制的な産児制限がかつて左派リベラル系の進歩的と思われる知識人に支持されていたことが筆者を震撼させる。英国の政治学者ハロルド・ラスキ、小説家H.G.ウェルズ、そして1929年に断種法を制定したデンマーク政府は当時社会民主主義政権だった。社会の価値観は変わっていくものだが、ある時には「先駆的」「社会のために良い」と思ったことでも、人権面ではどうなのかを忘れないようにしたい。
(「メディア展望」掲載の筆者記事に補足しました。)
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2024年1月3日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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