回想録を綴りながら、オバマはどんな風に2009年11月の日本(というか東京)来訪を思い起こしていたのか。

以下は私の空想であるが、そう的外れでもないと考える。

Hatoyama, who was Japan’s fourth prime minister in less than three years and the second since I’d taken office, was a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade.

ハトヤマはすでに引退しているとはいえ、表立って罵倒するようなことは、元アメリカ大統領としては控えるだろう。それで、

この頃の日本は、政道の方向性を出せないまますっかり硬直化していて、三年足らずの間に首相が三回も交代していた。自分が東京で会談したときの首相はその四人目で、まさに日本の政治的混迷の表れであった。私が大統領に就任したときの首相は、すでに彼にバトンを渡して失脚していた。

と、同情的とも読めるような文を、一度は綴(つづ)った。

しかしオバマはもともと、ハトヤマの非現実な言動を、彼が首相になる前から聞き知っていて、そして実際に日米同盟の相棒(fellow)としてパートナーを組んでみて、噂以上の人物であると思い知った。

回想録でも、そのあたりのことをもっと踏み込んで述べたかったのだろうが、慎み深い著者としては、ストレートにそう綴るわけにもいかない。そこで…

A pleasant if awkward fellow, Hatoyama was Japan’s fourth prime minister in less than three years and the second since I’d taken office a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade. He’d be gone seven months later.

そう。

この頃の日本は、政道の方向性を出せないまますっかり硬直化していて、三年足らずの間に首相が三回も交代していた。自分が東京で会談したときの首相はその四人目で、まさに日本の政治的混迷の表れであった。私が大統領に就任したときの日本の首相は、すでに彼にバトンを渡して失脚していた。ハトヤマは、言われているよりは好人物だったが、私と会談してより七か月後には彼もまた失脚という有様だった。

繰り返す。ここでオバマが使っている「fellow」(同僚)は、①ハトヤマという人物、②首相ハトヤマ、そしてさりげなく ③同盟国・日本、の三つを意識したものだ。

私たち読者がこの三つのどれを強く意識して読むかで、ニュアンスが変わるよう、そしてハトヤマを腐(くさ)しているわけではないとはぐらかせるよう、工夫されているのがわかる。

そこで私の訳では、くだんの「A pleasant if awkward fellow」について、ハトヤマを直接に腐したものとは断定できないよう、「言われているよりは好人物だったが」と訳出して、文の頭ではなく真ん中に移動させることにした。

ネット検索していくと、ここの和訳にいろいろな方が挑戦していて、私も大変刺激を受けた。しかしこのフレーズを文の頭から後ろに移して、ハトヤマ酷評のニュアンスを薄めるという技を思いついた方は(集英社より翌2021年2月に刊行された邦訳本の翻訳チームも含めて)私の管見ではゼロであった。

オバマのこの回顧録は、2011年5月2日に彼の決断で実行されたビンラディン暗殺と、その成功の余韻をひとり噛みしめる様で締めくくられる。逮捕ではなく殺害、そしてイスラム教では土葬が基本であるところを、アメリカ空母より遺体を詰めた袋を海に投下(つまり水葬)して作戦終了となった。

4歳のとき9.11で父親を亡くしたという、このとき14歳の女の子から「この国は父のことを忘れていなかった」と感謝のメールを受け取ったことを、彼は誇らしげにこの回顧録の最終章で紹介している。だが、世界最強帝国の王オバマを決断させたのは、もっと冷徹なものだ。

生きて裁きの場に立たせては、帝国に屈しないカリスマとして、世界の反米世論から崇拝されてしまう。墓すらないテロリストとして、物理的に消滅させよ。

これでもし我が帝国に非難が集中しても、力の政治で世界を抑え、時間をかけて正当化する…

オバマは、古代ローマ帝国期より変わることなく生息してきた、まさに政治家だった。

ちなみに本書の原題は「A Promised Land」(約束の地)。すぐれた著述家で文才に恵まれたバラク・オバマが、どこか線の細げな冠詞「A」をあえてタイトル冒頭に選び、自信に満ちた「The Promised Land」を選ばなかったのか、これはいつか別の機会にじっくり論じてみたいと考えている。

ああ、それから、日本の政界からすでに身を引いた今も奇妙な対外活動を続けているというハトヤマにも、この回顧録における彼の本当の位置付けについて、次のアメリカ大統領選が近づく今、少しばかり説いてあげたいと夢想しないでもない。

久美 薫 翻訳者・文筆家。『ミッキーマウスのストライキ!アメリカアニメ労働運動100年史』(トム・シート著)ほか訳書多数。最新訳書は『中学英語を、コロナ禍の日本で教えてみたら』(キャサリン・M・エルフバーグ著)。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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