ウクライナ戦争の原因をめぐるリアリストの意見対立

興味深いことに、予防戦争としてのウクライナ侵攻論は、全てのリアリストに受け入れられているわけではありません。

デール・コープランド氏(バージニア大学)は、代表的なリアリストであるジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学)やスティーブン・ウォルト氏(ハーバード大学)の指導を受けたリアリストであるにもかかわらず、自分の師匠たちの「予防戦争論」を必ずしも受け入れていません。

彼は、主著『大戦争の起源』において、戦争の原因はパワー・シフトにより衰退国がライバル国に対して決定的に不利な立場に追い込まれることを恐れて、それを防ごうとする国家の行動にあると主張していました。この研究書は世界的に注目されて、中国語訳も出版されたほどです。私も拙著『パワー・シフトと戦争』を執筆した際には、同書を先行研究として重視しました。

しかしながら、コープランド氏は、この自分自身の理論を使って、ウクライナ戦争を説明することに反対しています。彼は、何がウクライナ戦争を引き起こしたのかについて、NATO拡大によるパワー・シフトではなく、プーチンの「保身」や「野心」に、その原因を求めているのです。

私は、コープランド氏の主張に納得できなかったので、X(旧ツイッター)上で、意見交換を何度も行いました。こうした日米間の研究者による知的交流が、この記事を読む皆さまの参考になることを願って、ここで、その1部を紹介します。なお、コープランド氏には、私とのやり取りを公開することに同意していただきました。

コープランド教授バージニア大学HPより

ウクライナ支援か外交的妥協か

コープランド氏:(一部省略)(政治を専門に扱う)『ポリティコ』誌でさえ、T氏(トランプ氏のこと)がホワイトハウス(での大統領の地位)を獲得できれば、エルブリッジ・コルビーが国家安全保障担当補佐官になる可能性が高いと示唆しているのだから、BC(コルビー氏のこと。彼はBridgeの愛称で呼ばれているので、その最初の文字Bをとっています)の中途半端なシニカルな世界の見方は暴露されなければならないと私は強く信じている…あなたのシニシズムと、T政権であなたに地位を与えてくれるかもしれない共和党の人々を喜ばせたいという願望は、その後、ウクライナ軍がここ1カ月で実際に劣勢に立たされているという事実を祝うほど強いものなのでしょうか(私には疑問だ)。

※ご参考までに、私は、コルビー氏と何度もメッセージのやり取りを行っています。

野口:こんにちは、デールさん。実現可能な目的もなく、重要な国益もなく、現実的な手段も出口戦略もない遠い地域での戦争に60億ドルもの大金を(アメリカが)投じることに、良識ある人なら誰もが重大な疑問を呈するのは道理ではないでしょうか。それよりも、ウクライナの犠牲者を最小限に抑えるために、あなたは、なぜ停戦を提案しないのですか。

それとも、アメリカからの財政的・軍事的支援が増えれば、ウクライナがロシアを1991年ラインまで追い詰めることができると本気で信じているのですか。それが事実上不可能であるなら、満足のいかない妥協をするしかないでしょう。

あなた以外のほとんどのリアリストは、ウクライナでの戦争を終わらせるための外交を提唱しています。先日あなたへの返信で引用した若手のリアリストたちや、ヴァン・エヴェラやポーゼンといった長老のリアリストたちも、停戦交渉の開始を求めています。

ウクライナのロシアに対する抵抗力がこれ以上弱まれば、停戦条件はますます悪化するでしょう。これはウクライナにとって悪夢です。消耗戦の結果を左右する最大の要因のひとつが、死傷者に代わる新たな兵士を供給するマンパワーであることはご存じの通りです。ウクライナはロシアに比べてこの能力が低い。

もし、結果倫理が、実現可能性の低いロシアの敗北より、ウクライナの犠牲者を最小限に抑えることを優先する選択を支持するならば、戦争継続を支持するのではなく、外交こそが今なすべき道徳的要請でしょう。

※ スティーブン・ヴァン・エヴェラ氏やバリー・ポーゼン氏はマサチューセッツ工科大学の政治学教授であり、著名なリアリストです。ウクライナ戦争に関する彼らの主張はMITのウェブサイトに掲載されています。ここで私が引いた若手のリアリストは、エマ・アシュフォード氏(スチムソン・センター)やジョシュア・イツハク・シフリンソン氏(メリーランド大学)らのことであり、『フォーリン・ポリシー』誌において、ウクライナ戦争を「永遠戦争」にしないための停戦交渉を始めるよう、強く訴えています。

停戦は成立するのか

コープランド氏:和彦さん、コメントありがとうございます。 まず、ウクライナに関する私の投稿をすべて読むと、私は常にウクライナの強い反発姿勢(つまり、ロシアのさらなる進出を阻止すること)と外交的解決の必要性を結びつけています。

私が言及し続けているのは、ダン・ライターの著書『How Wars End(戦争はいかにして終わるか)』であり、そこで彼は、戦争は双方が膠着状態に陥り、戦争を続けることで「それ以上」の利得を望める可能性がなくなると見るまで終わらないという貴重な経験的指摘をしているのです。

つまり現在、ロシアは、特にハリコフに向けて、さらなる利益を得ることを許されている。まさにBC(コルビー氏のこと)のような人々が、ウクライナにさらなる援助を与えるべきではないと共和党の極右に主張してきたからです。

HIMARやATACMSなどのハイテク兵器を使えば、アメリカはウクライナの後方攻撃を支援し、ロシアの兵站構造を劇的に混乱させることができます。これこそが遅れていることであり、これこそがロシアにウクライナの領土をさらに獲得する希望を与えているのです。したがって、「戦線を維持する」ことが短期的な急務であり、アメリカの援助とEUの援助だけがこれを可能にするのです。

また、私は1991年の国境線が交渉による和平の出発点だと言ったことは一度もありません。私が言ったのは、もしウクライナ人がこれ以上のロシアの前進を阻止し、ロシア人が戦争を続けることが自分たちの利益にならないと考えるほど押し返すことができれば、停戦やプーチンのためのある種の「面目を保つ逃げ道」が用意されるかもしれないということです(例えば、クリミア半島とドンバスの一部を名目上「独立」させ、ロシアと「提携」させるが、正式にはロシアの一部にはしないという「主権提携」の取り決めが、そのような「面目を保つ逃げ道」になるかもしれない、と私は言ったのです)。

だから、私の投稿をよく読んでほしい。戦時下での交渉は最もやっかいなものです。感情が高ぶり、何十万人もの軍隊を失ったり傷つけられたりした後では、誰も自分たちの望むものがすべて手に入らなかったとは認めたくないからです(1914年から18年にかけての第一次世界大戦を思い浮かべてほしい。塹壕戦が続いていた1915年半ばまで、なぜ終結しなかったのでしょうか?)。これで少しはわかってもらえましたか。

※ ダン・ライター氏(エモリー大学)は、著名な政治学者です。彼の戦争終結に関する著書については、私のブログ記事を参考にしてください。

野口:デールさん、思慮深い返事をありがとうございます。特に停戦が成立しうる条件に関して、あなたはいくつかの有効な指摘をしていますが、私はあなたの主張の大部分には同意できません。

第1に、モスクワが戦場で前進できると信じている限り、ロシアの停戦へのインセンティブが低いのは事実かもしれません。しかし、その論理はウクライナにも当てはまります。なぜゼレンスキー政権は停戦合意案であるイスタンブール・コミュニケを進めなかったのでしょうか。

アメリカをはじめとするNATO加盟国からの大量の軍事物資は、ロシアを敗戦寸前まで追い詰めることができるという、キーウにいるゼレンスキーの期待を高めたのかもしれません。しかし、双方は現在、ほとんど前進できない消耗戦を戦っています。

この戦争は1年以上も行き詰まっているのですから、ロシアとウクライナの間に停戦を実現する可能性があるはずだということを忘れないでください。さらに、あなたが言及したダン・ライター氏は、2022年9月に『ニューヨーカー』誌で「ウクライナは防衛可能だ、彼らはそれを証明している」とまで述べています。

第2に、「HIMARやATACMSなどのハイテク兵器を使えば、アメリカはウクライナの後方攻撃を支援し、ロシアの兵站構造、ひいては前線部隊への補給能力を劇的に混乱させることができる」というあなたの核心的主張は、あまりにも危険で説得力も乏しいです。

急逝したブラウメラーが警告したように、どんな戦争も些細な事件や未知の小さな要因によって、急激かつ不意にエスカレートする可能性があります。その結果、誰も予測できなかったような大惨事が起こるかもしれません。サラエボでのたった一発の銃声が、1500万人以上の死傷者を出す大戦争に発展するとは、当時誰が予想できましたか。

さらに悪いことに、ウクライナ、アメリカ、西ヨーロッパ諸国は、世界最大の核保有国と戦っているのです。ケネディ大統領が言ったように、核時代の鉄則は、正義の前に平和を守ることなのです。

第3に、既存の実証的研究は、少数の特定の兵器が戦争の結果に大きな影響を与えないことを示しています。私たちは、M1エイブラムス戦車のようなアメリカの兵器が「ゲームチェンジャー」であり、ウクライナに戦術的優位をもたらすと言われ続けてきましたが、果たしてそうだったのでしょうか。

戦争における戦術レベルでの勝敗は、特定の兵器そのものではなく、部隊の運用方法に大きく左右されるのです。残念ながら、AFU(ウクライナ軍)は、ビドルの言う「近代的なシステム」を運用することができません。

上記の分析が正しければ、HIMARやATACMSのようなアメリカの兵器は、ウクライナでの戦争の最終結果を変えることはなく、ロシアの停戦への動機付けにほとんど影響を与えないでしょう。繰り返しになりますが、あなたからの反論を大いに歓迎いたします。

※ ビア・ブラウメラー氏は、戦争研究の第一人者であり、亡くなられる前に、ウクライナ戦争のエスカレーション・リスクを警告していました。スティーブン・ビドル氏(コロンビア大学)は、軍隊の効率性について傑出した研究成果をだした、この分野の第一人者です。彼の言う「近代システム」については、私のブログ記事をお読みください。

エスカレーションのリスクをどう考えるのか

コープランド氏:和彦さん、ご丁寧なコメントとお返事をありがとうございます。どちらも注意深く読ませていただきました。全体的に、同意できる部分が多いです。そして、あなたの重要なポイントである、少なくとも戦場においては、核兵器を持ち込むようなエスカレーションのリスクが高まっているということは確かです。

私の重要なポイントはこれです。すなわち、プーチンは、単に「国家安全保障」のためにこうしているのではないことを、疑いの余地なく示しました(大国の指導者は自国の安全保障を合理的に向上させるために行動するというのがリアリズムの基本的な前提なので、そう信じたいのは山々ですが)。

このような長期的な戦争は、ロシアの安全保障を向上させるものではありません。今年、ロシアのGDPが短期的には3%上昇するという「ケインズ主義的」な効果があったにせよ、全体としては、この戦争によってロシアは今年末までに、戦争が起こらなかった場合より、R自身の統計によれば、GDPが14%減少することになります(これは私の以前の投稿から引いています。基本的には、Rで計算した戦前の成長率は5%であり、2022年[戦後]の成長率は-5%であったことを指摘しました。したがって、戦争と制裁による純損失は-14%ということになります)。

さらに、ここで1980年代のソ連問題が非常に高い軍事費によって引き起こされたことを思い出す必要がありますが、「大砲」のためにバターや投資を犠牲にすることで、ロシアは長期的な経済基盤を弱めています。要するに、プーチンがこの戦争を続けることは(リアリズム的な国家安全保障の観点からは)合理的ではないのです。ウクライナの主要都市を「占領」しながら破壊すればなおさらです。

私は、彼がこの戦争を続けているのは、自分自身の国内での生き残りのためであり、彼が考える「歴史における自国の地位」(1914年以前のロシア帝国の一部を回復する手助けをしたこと)のためだと考えています。

この時点で、彼がまだ「NATOの拡大を恐れている」という考えは、もっともらしさを失います。彼の行動によってスウェーデンとフィンランドがNATOに加盟し、自国の包囲網が拡大したのだからです。

なぜこれが重要なのでしょうか。それは、(a)例えばラトビアやリトアニアを狙うことのコストとリスクを彼に示すことで、(必ずしも2022年以前の現状にさえ押し戻されないにしても)彼が実際に「止めなければ」ならないこと、(b)Rで算出された長期的な衰退を悪化させている混乱から抜け出すための面子をかけた交渉を始めなければならないことを意味するからです。

さて、エスカレーションのリスクについてです。たしかにリスクはあります。しかし、それはかなり誇張されていると思います。

まず、ウクライナは2年前からロシアの艦船や兵站施設を攻撃しましたが、モスクワはエスカレートしていません。だから、HIMARSやATACMがウクライナ国内や黒海にあるロシアの補給施設に命中しても、モスクワが「エスカレート」することはありません。

では、ウクライナがアメリカの兵器を使ってロシア領内の補給基地や軍事組織を攻撃したらどうなるでしょうか。そう、その方がより「リスキー」です。しかし、プーチンは合理的な国内的理由から、アメリカとの戦争を望んでいません。自軍を攻撃する兵器がウクライナからもたらされ、ウクライナ人によって発射されるのであれば、プーチンはワシントンとチキンゲームになる道を歩むつもりはないでしょう。

今、アメリカはウクライナの本土に米軍を駐留させるべきでありません。「発砲」するかどうかは、常に、常に、常に、ウクライナ人次第にしなければなりません。

プーチンがエスカレートする唯一の方法は、本当に戦争に負けたと思った場合だけです。しかし、クリミアとドンバスの一部に名目だけの「主権」を与えることで面目を保ち、2022年の現状に押し戻せば、プーチンは戦術核兵器にさえ頼らなくなるでしょう。長くなりすぎましたが、この投稿が首尾一貫したものであることを願っています。

ウクライナ戦争の原因をどこに求めるのか

野口:こんにちは、デールさん。ウクライナ戦争の原因と結果に関するあなたの広範かつ詳細な分析は、私自身の考えに見直しを迫りました。

あなたの議論を注意深く読み、納得できる点をいくつか見つけました。例えば、国家の行動は、国際システムレベルの要因だけでなく、国内レベルや個人レベルの要因によっても形成されるということを再認識させられました。

一方、サム・ハンティントンがかつて主張したように、社会科学者の主な仕事は、重要な出来事を引き起こしたであろう単一または複数の強力な要因を見つけ出し、それをできるだけ単純に説明することです。構造的リアリズムは、この目的のための優れた分析ツールです。この観点で説得力を持って戦争の原因を説明すべきならば、他のレベルの複数の原因を取捨選択することは、方法論的に問題ないでしょう。

第1に、NATOの拡大がロシアのウクライナ侵略の主因であるという十分な証拠があります。プーチン大統領はバイデン大統領と会談した際、ウクライナがNATOに加盟しないとの確約を求めましたが拒否されました。プーチンは再びストルテンベルグNATO事務総長に、ウクライナがNATOに加盟しないという確約書を求めましたが、同様に拒否されました。

バーンズはワシントンへの機密文書で、ロシアにとってウクライナのNATO加盟はモスクワのレッドラインだと警告しました。にもかかわらず、アメリカはウクライナを自国の同盟構造に事実上組み入れる「戦略的パートナーシップ」を進めたのです。そしてロシアはしばらくしてウクライナに侵攻しました。

第2に、NATOの拡大はロシアと西側のパワー配分を劇的に変化させました。冷戦終結後、NATO加盟国の数はほぼ倍増したのです。その結果、ロシアは相対的に深く衰退しました。これは、あなたが前作で大戦争の原因を特定した際に強調した、典型的な「予防戦争」の原因です。

そもそもプーチンは、冷戦後のヨーロッパにおける現状維持を選好していました。にもかかわらず、なぜプーチンは戦争の動機を高めたのでしょうか。外部からの刺激なしに、プーチンが帝国主義に転じたと説明するのは不可能に近いでしょう。

むしろロシアは、ウクライナのNATO加盟を自国の存亡にかかわる脅威だと認識したのです。プーチンはそれを防ぐために戦争を始めたのであり、侵攻直後の声明でもそう述べています。これが彼のプロパガンダだという証拠はあるのでしょうか。要するに、(戦争になるのであれば)「早いに越したことはない」という論理が、プーチンをはじめとするクレムリンの主要な指導者たちを突き動かしたのです。

第3に、北欧諸国が開戦後にNATO加盟を申請したことは、戦争の原因とは何の関係もありません。これは、シカゴ大学であなたの指導教官だったスティーブ・ウォルトが構築した「脅威の均衡理論」で説明できます。繰り返しますが、ロシアにとってのレッドラインは、ウクライナのNATO加盟への動きだったのです。

上記の私の主張があなたを完全に納得させることにはならないでしょうが、ロシアのウクライナ侵攻が「予防戦争」であったことを否定するならば、戦争の原因に関するあなた自身の理論の妥当性にも疑念が投げかけられることになります。

※ 「脅威の均衡理論」とは、攻撃的意図を持つ強力な国家に地理的に近かければ、それらの国家は、軍備増強や同盟形成といった対抗策を講じるようになるという有力な国際関係理論のことです。なお、サミュエル・ハンチントン氏は、ハーバード大学の著名な比較政治学者でした。

批判的思考の欠如と論壇の貧困

長い記事になってしまいましたが、これらはコープランド氏と交わした意見のほんの一部です。こうしたやり取りを読んだ皆さまは、どのような感想をお持ちになったでしょうか。

私が彼との意見交換をあえて投稿したのは、民主主義における「開かれた議論」と「建設的な相互批判」の大切さを訴えたかったからです。「言論の自由」は、民主主義を支える根幹です。にもかかわらず、われわれはウクライナ戦争に関する言論空間で、道徳的な自己検閲をかけたり、声の大きな人たちに忖度したりしていないでしょうか。そうであれば、我が国の現在の論壇は、誠に不健全であると言わざるを得ません。

私は、ウクライナ戦争の継続を擁護する学者や識者の主張、すなわち、「ロシアがウクライナに勝ってしまうと、独裁者たちがあちこちで侵略を企てる、恐ろしいジャングルのような世界になる」とか、「リベラル国際秩序を守るために、何としてもロシアを敗北させなければならない」とか、「ウクライナへの支援は、民主主義を守ることである」とか、「ロシアのウクライナ侵攻の原因をNATO拡大に求めるのは、プーチンを擁護する親露派の言い分だ」とか、「ロシアを敗北させないと、中国が大胆になって台湾に侵攻する可能性が高まる」といった言説には、真正面から反論してきました。

なぜならば、私は、それらが論理も根拠も弱いと判断したからです。くわえて、たとえ、それが結果的にロシアを利する内容を含んでいるとしても、事実ならば、それに口をつぐんではいけないのです。事実こそが、学術論議や政策論議の基盤を提供することは、誰でも認めるでしょう。

なお、偽情報を無分別に警戒してしまうと、人々はデジタル空間での言論統制に肯定的になることも分かってきました。「ロシアからの発信は全て偽情報でありプロパガンダである」というステレオタイプは、言論の自由を侵食してしまうのです。重要なことは、ロシアに関する数多くの情報から、シグナル(信号=事実)を拾い上げて、ノイズ(雑音=偽情報)を排除することです。

誠に残念なことに、我が国の「国際政治学者」たちとは、コープランド氏と交わしてきたような意見交換はできませんでした。大半の日本人の「国際政治学者」や「軍事専門家」とは、相互の議論が成立しないのです。

この根本原因の1つは、おそらく社会科学の基礎的な方法、とりわけ「価値中立」に立脚して事実や真実を出来る限り客観的に追究するという職業上の行動規範が、我が国の「国際政治界隈」に定着していないからでしょう。

学問の世界では、学者仲間の友情を深めることより、真実の探求が優先されなければなりません。同時に、上記の学問的な作法を共有している学者同士ならば、どれだけ激しく相互に批判したとしても、それが論理と根拠にもとづくものであれば知的交流を保てるのです。

私は、コープランド氏以外の海外の学者(例えば、「核使用のタブー論」で有名なニナ・タネンワルド氏など)と何度も率直な意見交換をしています。それにより相手との関係が崩れたことは、ほとんどありません。われわれは素直に、アメリカを中心として活躍する優れた政治学者の学問的営為をもっと見習うべきだと強く思います。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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