ウクライナは、ロシアを痛めつける力があることをクルスク攻勢で実際に示したことにより、バーゲニング力を高めたといえるでしょう。これがウクライナによるクルスク侵攻の最大の成果なのです。
クルスク侵攻はペイするのかしかしながら、クルスク侵攻の代償は少なくありません。これはウクライナにとって戦術レベルや作戦レベルでは成功だったのかもしれませんが、戦略レベルでは失敗に終わる可能性が高いからです。この侵攻で得たバーゲニング力は、消耗戦を続けることにより、ウクライナの国力のさらなる低下により相殺されてしまい、最終的には、その力をますます落としかねないのです。
ウクライナ戦争で積極的に発言しているジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学)は、ウクライナのクルスク攻勢は大失敗だったと以下のように分析しています。
ウクライナの(クルスクへの)侵攻は大きな戦略的失策であり、敗北を加速させるだろう。消耗戦の成功の鍵を握るのは死傷者数であり、西側の論者がこだわる領土の獲得ではない。クルスク攻防戦における死傷者の交換比率は、2つの理由からロシアに決定的に有利である。第1に、ウクライナ軍が無防備な領土を効果的に制圧したため、ロシア側の死傷者が比較的少なかったこと。第2に、モスクワは攻撃を察知すると、進撃してくるウクライナ軍に対して大規模な航空戦力を迅速に投入した。当然のことながら、攻撃軍は多くの兵士と装備の大部分を失った…クルスク侵攻がいかに愚考であるかを考慮すれば、ロシアが意表を突かれたとしても不思議ではない。
その後も、ウクライナはクルスクでの戦闘で戦力を消耗しています。ウクライナに好意的な記事を掲載する傾向にある『フォーブス』誌でさえ、次のような悲観的な主旨の記事を掲載しています。
クルスクでロシア側よりもウクライナ側の装備の損失が多いというのは異例だ。ロシアがウクライナで拡大して2年半近くたつこの戦争では概して、ロシア軍の車両の損失のほうがウクライナ軍の車両の損失を大幅に上回ってきたからだ。ウクライナ軍はクルスクにおいて、戦車や歩兵用車両をロシア軍のドローン(無人機)攻撃や砲撃、待ち伏せ攻撃にさらしている…ウクライナ側は戦車を4両、歩兵用車両を41両も失った。これには希少なイギリス製チャレンジャー2の戦車や、アメリカから供与されたストライカー装甲車の数両が含まれる