この集会への一般市民としての参加の手続きはきわめて簡単だった。トランプ選挙対策本部が開いたネット上の申し込みのサイトにこちらの希望と情報を送ればよいのである。身分証明に等しいアメリカの自動車運転免許証などの番号を知らせれば、スマホにそれに対する許可がすぐに送られてくる。その許可のQRコードの表示で集会会場への入場を認められるという仕組みなのだ。

さて、この大集会はリッチモンド市の中心部にある「大リッチモンド会議センター」で催された。この会議センターはその名の通り、リッチモンド市の公立施設で、各種行事を行う巨大な会議場である。「大」という言葉がつくのは、その奉仕する対象が単にリッチモンド市に限らず、隣接や周辺の自治体をも含むという意味だと言える。いわゆる州都リッチモンド圏全体のための会議センターなのだ。

さてこの日の公式の開会は午後6時とされていた。この時間にトランプ氏自身が登場して、演説をするという予定だった。だが会場は午後3時に開かれることになっていた。私がこの会場の近くに着いたのは午後2時半、開場時間にはまだ30分ある、という時点だった。

だがすでに集まった参加者の人数の多さに、びっくりの連続だった。まず指定の駐車場を見ると、そこに駐車しようという車が最後尾がまったくみえないほど長蛇で続いている。他にも公開の駐車施設は多数あるのだが、どこも入場を待つ車が行列をつくっていた。仕方なく、やや離れた屋外の駐車場になんとか車を停めることができた。

この会議センターへの入場を待つ人たちは中心街の多数の街路区画の歩道部分を文字通り、十重二十重に列をつくっていた。その最後尾につこうと列に沿って歩いても、歩いても、最後尾がみえてこない。

ざっと見ただけでも、ゆうに数千人と見える人数なのだ。やっと列に入って、前後を眺めると、若者や女性が意外と多い。みなリラックスした感じの服装、ごく平均的な外見の男女が、マナーよく並んでいた。

私はその行列に入って、その後の3時間ほどを過ごした。人の列はゆっくりと進む。会議センターへの入館の安全チェックに時間がかかるのだろう。だがこれだけの人数が並んでいても、警察は直接には交通整理にはほとんど当たっていない。トランプ陣営の係とみられる男性たちが、そこここの角に立って、前進の仕方を助言するだけで、群衆はゆっくりとした前進はすべて自主規制という感じだった。

この3時間ほどの間に周囲や前後の人たちとも言葉を交わし、観察を重ねた。まず礼儀正しい人が多かった。若者数人が背後から私の体にまちがって、少しでも触れると、すぐに丁寧に謝る。ごくたまに数人の反トランプと思われる男女が「ファシスト」などと書いたプラカードを掲げて歩いても、ウォーと抗議の声を上げるだけで、乱暴な反応がない。

トランプ氏になお挑戦するニッキー・ヘイリー元国連大使の陣営が同大使の大きな写真を掲げた自動車を走らせて来ても、これまたトランプ支持者側は少人数が反対の叫びを発するだけで、相手の言動を阻むような様子はなかった。

ただし、トランプ支持に集まった人はやはり白人が多かった。黒人やアジア系は1割にも満たなく見えた。だが何度も書くように、みなマナーがよく、静かだった。この日、会議センターへの入場のために早い人たちは午前7時ごろから集まり始めた、と聞いた。そしてみな長い時間を街路にじっと立ち、少しずつ牛歩のような前進を続けていたのだ。

ごく普通の市民がこれほどの多人数、これほど熱心に、しかも秩序正しく、辛抱強く、待ち続けるという点に、私のそれまでのトランプ氏支持者の印象がかなり修正された、という実感だった。

要するにアメリカ社会のごく普通の男女が自分自身の意思でこれだけの多人数が集まって、トランプ氏への支持を表明している、ということなのだ。

トランプ氏自身は予定の午後6時過ぎに同センターの壇上に立った。センターは超満員だった。後から判明したのだが、満員になって、消防署からの規制で何千人という人たちが入場できないままになったという。会場の収容能力は約7千とされていた。だが満場の観衆はトランプ氏の姿に熱狂的な支援の声を上げ、拍手を送った。トランプ氏は草稿を読むこともなく、プロンプターも使わず、数枚の資料用紙を持っただけで、演説を続けた。正確には1時間3分間だった。

この演説でトランプ氏は当然ながらバイデン大統領の施策の数々を批判した。アメリカを強く、豊かに復活させると約束し続けた。とくにバイデン政権の不法入国者の許容への非難は厳しかった。ロシアのウクライナ侵略、ハマスのイスラエル攻撃を生んだバイデン政権の抑止力の低下を糾弾した。活力と熱気にあふれる演説だった。

なおトランプ氏はこの大集会の直後の3月5日のバージニア州での共和党予備選ではヘイリー候補を大きく引き離して大勝した。この日、つまりスーパー・チューズデーの合計15州の予備選でうち14州を完全に制したトランプ氏は夏の共和党全国大会を待たず、指名が確実となった。

これからさまざまな形で報じられるトランプ氏の選挙活動と支持層の反応の一端を第一線で時間をかけて、観察した私の報告である。

古森 義久(Komori Yoshihisa) 1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。

編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年3月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

【関連記事】
「お金くばりおじさん」を批判する「何もしないおじさん」
大人の発達障害検査をしに行った時の話
反原発国はオーストリアに続け?
SNSが「凶器」となった歴史:『炎上するバカさせるバカ』
強迫的に縁起をかついではいませんか?