南北間の緊迫関係が続く中、興味深いニュースが飛び込んできた。カナダのモントリオールに拠点を置く世界アンチ・ドーピング機構(WADA)は先月26日、北朝鮮の国家アンチ・ドーピング機関(NADO)を規定に準拠していないリストから即時解除すると発表した、WADAは2021年10月、「2020年の机上監査後の効果的なテストプログラムの実施で不適切なものがあった」として、北朝鮮のスポーツ選手の国際大会出場を制限し、同国の国旗を掲げることを禁止し、中立な旗の使用を義務づけてきた。今回それを解除したわけだ。2年余り続いてきた制裁が解除されたことを受け、北朝鮮のスポーツ選手が今後、ナショナル・フラッグを掲げてオリンピック大会など国際スポーツイベントに出場できることになる。

同ニュースはもちろん北朝鮮側を喜ばせたことは疑いないが、韓国側もWADAの決定を歓迎している。「南北間のスポーツ外交」の再開か、といった気の早い囁きすら聞こえている。南北高官級会議が2018年1月9日、南北軍事境界線がある板門店の韓国側施設「平和の家」で開催され、北がその場で平昌冬季オリンピック大会の参加を発表した時、最も喜んだのは韓国の文在寅大統領(当時)であり、最も大笑いしたのは北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長だったことを懐かしく思い出す読者がいるかもしれない(「金正恩氏と文大統領の『平昌五輪』」2018年1月16日参考)。

もちろん、対北政策では文前政権とは異なり、強硬姿勢を取ってきた尹錫悦大統領が文前大統領のように常軌を逸した歓迎姿勢を見せることはないだろう。ただし軍事、政治、経済などの分野とは違い、スポーツは南北交流が可能な世界だ。

「南北間のスポーツ外交」といえば、南北間のテコンドーの接近を思い出す。テコンドーは五輪でメダルのチャンスがある競技だけに、南北両国も関心が高い。朝鮮半島が南北に分裂したように、テコンドーも韓国主導の世界テコンドー連盟(WTF)と北主導の国際テコンドー連盟」(ITF)に2分している。ちなみに、ITFはその後、3分裂した。ITFは1966年、崔泓熙(チェ・ホンヒ)氏が創設したが、同氏が2002年に死去すると、同総裁の息子・重華(ジョンファ)氏を中心としたITF、ITF副総裁だったトラン・トリュ・クァン氏が旗揚げしたITF、そして張雄総裁を中心とした北公認のITFの3グループに分裂した。それぞれが「わがテコンドーこそ崔泓熙氏が創設したITFだ」と主張し、本家争いをしてきた経緯がある。ただし、加盟国、会員数では、ITF3グループを合わせてもWTFには及ばない(「南北テコンドーの再統一成るか」2015年8月23日参考)。

ウィーンには北公認のITF(李勇鮮総裁)の本部がある。国際オリンピック委員会(IOC)委員として外交手腕があった張雄氏が平壌に帰国し、その後任に就任した李勇鮮現総裁が前任者のような外交が展開できるかは不確かだが、朝鮮民族の血が流れるテコンドーだけに、南北間の対話再開にとって最も抵抗の少ないスポーツ競技だろう(「北のテコンドー外交とその担い手」2017年6月25日参考)。

参考までに、北朝鮮がオーストリアや世界でITFを拡大し、スポーツを通じて自身のプロパガンダ外交を展開させている、と指摘する声があることを付け加えたい。西側情報機関関係者は「金正恩総書記は核・ミサイル開発に邁進する一方、スポーツ外交を通じて北朝鮮があたかも正常な国であることをアピールしようとしている」と説明、中国共産党政権が孔子学院を通じて自国のイメージアップと情報工作を展開させているように、北朝鮮にとってITFは孔子学院のような役割を果たしていると指摘し、警戒を呼び掛けている。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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