ペロシの訪台はリスキーだった?

8月2日夜、ナンシー・ペロシ米国下院議長が台湾に降り立った。中国は実際の訪問以前から激しい憤りを示しており、同国営メディアによるとペロシ氏が台湾から出発した後に台湾周辺を囲んだ形で軍事演習を実施することも示唆している。

当初、筆者はこのタイミングでのペロシ氏の訪台に懐疑的だった。習近平主席が毛沢東主席以来前例のない国家主席3選を目指して権力を集中させようとしているセンシティブな状況の中で、無為に彼を刺激することは逆に緊張を高めかねないのではないかという懸念を筆者は持っていた。

しかし、これから習氏が権力基盤を盤石なものにして、台湾の武力解放に向けて直進していくであろう展開を鑑みると、今こそが訪台するべきタイミングだったと考えるようになった。

ペロシの訪台は絶好のタイミングだ
(画像=台湾の大統領と会見をするペロシ米下院議長 同議長Twitterより、『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

自信を付けた中国

1997年にペロシ氏の前任者であったニュート・ギングリッジ下院議長が訪台をした際、中国は軍事的、経済的観点から見れば、アメリカの足元にも及ばない国だった。中国が1996年に台湾で実施された民主的な選挙に軍事的威圧を加えようとした時、アメリカが台湾海峡に空母を送っただけで中国は黙り込んだ。GDPで言うと世界第7位の経済規模でしかなかった。

だが、それから二十数年立って、中国は様変わりをしている。第三次台湾海峡危機での雪辱を晴らし、中国が自国の一部だと認識している台湾併合のために、中国は通常戦力と核戦力を共に増強させており、有事の際には台湾防衛義務を要しているアメリカが確実に勝てない状況が生まれてしまっている。政府関係者が実施してきたシュミレーションゲームによれば、中国人民解放軍との戦闘で米軍が劣勢に立たされることがほとんどだったという。

また、中国は経済的にも大きな成長を遂げた。WTOに加盟し、グローバル経済の中心を担う世界の工場となってから、中国の経済規模は著しく拡大し、2010年には日本を抜き世界2位の経済大国となり、2016年には一対一路構想という自国中心の経済秩序を打ち出すほどに自信を付けてきた。

台湾はこれからが試練の時だ

そして、軍事、経済の面で優位性が獲得しつつある中国は東アジアにおけるパワーバランスを大きく狂わせ、台湾の健全な民主主義体制が風前の灯となっている。

米軍関係者によれば中国のよる台湾侵攻は時間の問題だとする。2021年3月の議会の公聴会にて、米国の米インド太平洋軍のフィリップ・デービットソン前司令官は「今後6年以内」での台湾侵攻の危険性が最も高いという証言を行った。また、マーク・ミリー統合参謀本部議長も同様の見解を示しており、台湾侵攻がいかに現実的な問題としてアメリカで認識されているのかが分かる。これら米軍関係者、また近いうちの台湾侵攻を危惧している識者の主張を額面通りに受け止めたならば、台湾を取り巻く状況はこれから益々悪化していくことが予測される。また、そう考えるだけの正当な理由も存在する。

もし、習氏が11月に三度国家主席に選任され独裁的な権力を更に強固にすれば、ますます外交面で大胆な行動に出ることが容易になる。また、米軍関係者が「6年以内」という時間軸を繰り返し口にするのは、逆説的に言えば6年後なら台湾を防衛する体制が盤石になっていることであり、それゆえ中国にとってこれからの6年後が台湾解放のラストチャンスになるかもしれない。そのことが習氏を焦らせ、事前の予想よりも早く台湾島の奪取に動くかもしれない。

ペロシ下院議長の訪台はこれからの覚悟の現れ

これからの台湾周辺の情勢がきな臭くなることを鑑みれば、今の時点でペロシ氏の訪台が最もリスクが低いタイミングだったと筆者は考える。また、現時点で訪台を取りやめるようなことがあれば、識者が危惧している来年以降の訪台は猶更難しくなってしまう。さらに、台湾を訪問することさえも出来なければ、どうして軍事的手段を用いて台湾のみならず、同盟国を守ることができるのだという懸念も出てくる。

以上の理由から、筆者はペロシ氏の訪台は台湾の独立を守り、東アジアにおける中国による一方的な現状変更を拒否することへの覚悟を示す絶好の意思表示だったと考える。そして、ペロシ氏が閾値を上げてくれたおかげで、これから緊迫化する台湾情勢におけるアメリカの優位性が若干改善したとも言えるのではないだろうか。

文・鎌田 慈央/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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