火星は夏になると、南部のある地域に非常に細長い巨大な雲が繰り返し発生します。
この狼煙のような雲は、あまりに巨大なため地球から望遠鏡でも確認できるそうですが、その詳しい発生メカニズムは謎に包まれていました。
3月9日に科学雑誌『Journal of Geophysical Research: Planets』で発表された新しい研究は、マーズ・エクスプレスの小型カメラVMCを使って、この雲の発生段階の様子を撮影することに成功したと報告しています。
VMCは低解像度のため、基本的に科学研究では利用されていなかったカメラです。
それをうまく使って謎の雲の発生メカニズムを明らかにしたというのはどういうことなのでしょう?
目次
夏だけ現れる細長い火星の雲
火星ウェブカメラを使って、今まで見えなかった場所を観測した
夏だけ現れる細長い火星の雲
火星では、夏至の時期になると地球からも望遠鏡で見えるくらい巨大な細長い雲が現れます。
この雲は、標高20キロメートルの休火山「アルシア山」近くから出現していて、非常に長い距離を急速に細長く成長した後、数時間ほどで消えてしまいます。
火山近くに現れることから、最初は火山活動によるものかと疑われましたが、現在は火山活動とは直接関係しない水氷の雲であることがわかっています。
アルシア山付近から発生するため、「AMEC(Arsia Mons Elongated Cloud:アルシア山狭長雲)」と名付けられたこの雲は、数時間で消えますが火星の夏になると80日間にわたって繰り返し出現します。

AMECはアレシア山の南西側面に沿って形成されていて、2009年、2012年、2015年と火星の夏になると毎年見ることができます。
火星は地球より太陽から遠い軌道を回っているため、1年が地球の倍の687日にあります。そのため、火星で毎年発生するイベントは、地球からは隔年で観測される状況になります。
このAMECは、火星の夜明け頃から形成され午後に差し掛かる頃に消えてしまいます。
このことはAMECの研究を困難にする要因となっていました。
火星探査機の多くは、カメラの視野の狭さや回っている軌道の関係で、午後にならないとこの雲が観測できません。
そのため、AMECの発生から消えるまでの全体像を見ることが難しかったのです。
そこで今回の研究チームは、火星探査機マーズ・エクスプレスの通常の研究では使われていないあるカメラを利用することを思いついたのです。
火星ウェブカメラを使って、今まで見えなかった場所を観測した

マーズ・エクスプレスにはVMC (Visual Monitoring Camera)という小型カメラが搭載されています。
VMCはもともとはマーズ・エクスプレスから「ビーグル2号」という着陸船を切り離した際に、それを確認するために設置されていたもので、2003年当時のパソコンウェブカメラと同程度の解像度しか持っていません。
そのため、役目を終えた後、VMCは基本的に電源が切られていました。
最近は火星ウェブカメラとして学校や天文クラブなどを対象に、火星を自由に撮影できるなら何をするか? というアイデア企画で利用されたりしましたが、科学研究でVMCは特に利用されてはいませんでした。
しかし、このVMCは解像度は低いですが、視野が広く謎の雲AMECの時間的な変化を追い続けるのにちょうどよかったのです。
このことに気づいた今回の研究者、スペイン・バスク大学のヘルナンデス・ベルナル氏は、VMCを使ってAMECの長期研究を行ったのです。

研究では2018年10月から繰り返し発生する雲を観測しました。
このGIF画像の左側の黒い領域は、火星の夜側です。青い線が夜と昼の境界を示します。
画像からは、AMECが日の出前のアルシア火山西斜面から成長を始めて、その後2時間半に渡り西へ向かって広がっていく様子がわかります。
このとき雲は、高度45キロメートルで時速600キロを超える非常に速い速度で成長を続けています。
太陽が昇るにつれて、気温は上昇し、雲は膨張を停止して午後にかけて、高高度の風によって西へ引き伸ばされていきます。
また研究チームは、他にも火星で稼働している数々の探査機のデータについても再検証していきました。
特に驚いたのは、1970年代に撮影されたバイキング2号の観測において、すでにAMECは部分的に画像化されていたことです。

こうした研究の成果によって、AMECが最大で長さが1800キロメートル、幅は150キロメートルに及ぶことがわかりました。
これは火星で見つかる地形性の雲としては最大のものです。
地形性の雲は、惑星表面の地形的特徴(山や火山など)によって、風が強制的に上に向けられた結果として形成される雲のことで、地球でも見つけることができます。
しかし、地球に見られる地形性の雲は、こんな巨大な長さに達することはなく、このように鮮やかな挙動は見せません。
これはマーズ・エクスプレスのVMCをうまく利用した成果であり、地球と火星の気候システムの違いを理解するために重要な知見になると考えられます。
参考文献
Mars Express unlocks the secrets of curious cloud(ESA)
元論文
An Extremely Elongated Cloud Over Arsia Mons Volcano on Mars: I. Life Cycle
提供元・ナゾロジー
【関連記事】
・ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
・人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
・深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
・「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
・人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功