実験結果が正しければ、現代の物理学の基礎となる「標準理論」が崩壊します。
4月7日に『PhysicalReview Letters』に掲載された論文によれば、ミューオンの観測結果が、現代の物理学の基礎となる標準理論に当てはまらない動きをしていることが示されました。
一方、同じ日に『Nature』に掲載された論文によれば、実験結果は測定機器が原因の誤差に過ぎないとのこと。
前者の結果(標準理論は崩壊する)は実験家による実測値が元になっており、後者の結論(標準理論は正しい)は理論家たちによるスーパーコンピューターを用いた数億時間もの計算結果によるものです。
しかし、どうして同じ測定結果に対して全く違う答えが出てしまったのでしょうか?
目次
ミューオンの観測結果が標準理論を崩壊させる可能性! 実験家と理論家の熱すぎる戦い
数億時間を計算に費やした理論家の言い分
ミューオンの観測結果が標準理論を崩壊させる可能性! 実験家と理論家の熱すぎる戦い

ミューオンは電子の207倍の質量を持つ、内部構造を持たない純粋な素粒子です。
またこれまでの見解によれば、ミューオンは回転する磁石のような性質を持っていることが知られています。
この磁石の強さと回転速度は合わせて「g」というパラメータで表記されており、「g」の値は理論上、きっかり「2」になるとされています。
しかし実験において、この「g」の値を測定すると、常に「2」よりも大きい値として計測されます。
その原因は「真空」にありました。
もし真空が文字通りの意味の「空」であれば、「g」の測定値は間違いなく「2」に収束します。
しかし、私たちの住む宇宙の実際の空間は、何もない場所からいきなり粒子が飛び出ては消えていく(例えば電子と陽電子の対)、非常に騒がしい場所です。
なぜそんなことになっているのかと疑問に思うかもしれませんが、残念ながら答えはありません。
強いて言うならば、無から生じて巨大な爆発を起こした私たちの宇宙(空間)は今でも、無から粒子を生成する能力に満ちているということになるでしょう。
興味深いことに、この無から生成される粒子の存在が、空気圧のように物体を押すということが実験的に証明されています(カシミール効果)。
重要なのは、この突然現れては消えていく粒子たちが測定結果に影響を及ぼすという点です。
ミューオンには空間から出現する光子を吸収して放出する能力があるために、実験による「g」の測定値は常に理想的な真空の場合の「2」よりも少し大きくなってしまうからです。
問題は、どれだけ大きくなるか……すなわち、どれだけ真空の騒がしさに影響されるか? という点にあります。

現代の物理学の基礎となる標準理論では、この大きさ(異常磁気モーメント)の許容可能な限界値は
0.00116591810 ほどとされています。しかし実験では
0.00116592061 となったのです。注目すべきは最後の4ケタ。
理論が許容できる大きさは1810までですが、実験結果は2061だったのです。
ごく僅かな違いに思えますが、許容値を超えるということは、現代物理の基礎である標準理論が間違いであることを示します。
そしてミューオンは、標準理論で説明できない未知の粒子と相互作用しているという証になります。
この結果は現代物理の全てをひっくり返すものでした。
しかし、理論をベースにしている研究者たちは、別の見解をもっていました。
数億時間を計算に費やした理論家の言い分

理論家を中心とする研究者たちは『Nature』に掲載された論文において、今回の実験結果は、標準理論の範囲内との見解を示しました。
彼らは理論家の集団であり、結論を出すにあたって一切実験は行っていません。
行ったのは計算だけ。しかしその内容は非常に説得力があるものでした。
彼らはまず、標準理論の最も基本となる形態から順に要素を計算していきました。
標準理論は120を超えるプラスとマイナスを含む項で形成されており、その計算は非常に困難です。
今回の研究でも、理論家たちはヨーロッパじゅうのスーパーコンピューターを稼働させ、複数のCPUにより合計数億時間の演算を行いました。
誰もやらなかったことであり、誰も答えを知りませんでした。
しかし計算を終えた結果、標準理論の許容値が既存のものよりも大きく、ミューオンの測定値が範囲内に収まることが判明したのです。
つまり標準理論は崩壊などしておらず、許容値だけが更新されたということになります。