月は火星サイズの「原始惑星テイア」が、原始地球に衝突して生まれたと考えられています。

これはジャイアントインパクト説と言われていますが、そのテイアが存在したという直接の証拠はまだ見つかっていません。

しかし、3月15日から19日わたって開催された第52回月・惑星科学会議において、アリゾナ州立大学の研究チームが、テイアの残骸が地球コアとマントルの境界領域に存在している可能性を示すモデルを発表しました。

このアイデアは、以前からたびたび提案されていましたが、今回の研究はそうした証拠をまとめた初の包括的なモデルです。

この研究に関する論文は、科学雑誌『Geophysical ResearchLetters』でも掲載予定となっています。

目次
月の母の名を持つ原始惑星
テイアの残骸はマントルにある

月の母の名を持つ原始惑星

初期の太陽系は混沌とした場所で、約46億年前に、生まれて間もない原始地球に、火星サイズの原始惑星が衝突しました。

このとき、原始惑星は斜めに地球にぶつかったため、大量の残骸が地球の軌道上まで巻き上げられました。

この残骸はやがて集まって、それが月になりました。

そのためこの原始惑星を、ギリシャ神話に登場する月の女神セレナの母親の名前にちなんで、「テイア」と呼ばれています。

これは月形成に関する主要な3つの理論のうちの1つで「ジャイアントインパクト説」と呼ばれるものです。

太平洋にはジャイアントインパクトを引き起こした「原始惑星テイア」が埋もれている可能性がある
(画像=初期の地球にぶつかる原始惑星の想像図。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

他にも月の形成に関しては2つの有名な仮説があり、1つはもともと地球と同時に、月が最初から形成されていたというもの。

もう1つは宇宙をさまよっていた天体が、地球の重力場に捕獲されて衛星になったというものです。

(現在のところ、この3つの仮説のうち、いずれが真実なのかを決定づける証拠は見つかっていません。)

ジャイアントインパクト説は人気のある仮説ですが、はるか古代に地球に衝突したテイアの存在を直接示すことはかなり困難だと考えられます。

しかし、もしそんなダイナミックな出来事が過去の地球で起きていたとしたら、地球とは組成の異なるテイアの残骸は、まだどこかに残っているかもしれません。

実はこの証拠となりそうなものを、地震学者たちは発見していました。

それは地球の地下深く、コアとマントルの境界にありました。

テイアの残骸はマントルにある

地震学者たちは、地下で発生した地震波の伝播の仕方から地球の内部構造を調査しています。

こうした研究の中で、研究者たちを驚かせた発見がありました。

西アフリカと太平洋のはるか下、マントルの奥深くに急激に地震は減速する広範な領域があったのです。

この領域は「大規模低せん断速度プローブ(LLSVPs)」と名付けられました。

LLSVPsは地球のコアをヘッドホンのように包んでいて、それぞれ厚さは約1000キロメートル、幅は数千キロメートルと大陸サイズの巨大な塊です。

太平洋にはジャイアントインパクトを引き起こした「原始惑星テイア」が埋もれている可能性がある
(画像=Cottaar&Lekic(2016)のクラスタリング分析に基づくLLSVPのアニメーション。 / Credit: Wikimedia Commons ; CC BY-SA 4.0、『ナゾロジー』より引用)

この領域を通るとき、地震が急減速するのは、この部分が周囲と比べて密度が高く、化学的な組成が異なっているためだと考えられます。

なぜそのような領域がマントルの中にあるのでしょうか? 単に古代の地球で原始のマグマが特殊な結晶化をしたものなのでしょうか?

そうでないとしたら、これは地球外から飛来してきた衝突体の組成が異なるマントルやコアの残骸かもしれません。

そう、一部の科学者たちは、これこそがテイアの残骸なのではないかと考えたのです。

この考えは、クレイジーなアイデアだと言われながらも繰り返し提案されてきました。

そして、今回の研究論文の筆頭著者であるアリゾナ州立大学の研究者チェン・ユアン氏が、この難しい問題について、初めて複数の証拠をまとめあげて包括的なモデルとして発表したのです。

ユアン氏は、テイアのサイズ、密度を変化させて、地球衝突後に、どのように地球のコアと混ざり合うかということをシミュレーションしました。

その結果、シミュレーションは一貫してテイアのマントルが地球より1.5%~3.5%密度が高かった場合、LLSVPsを形成して生き残るということを示したのです。

また、シミュレーションはテイアが予想よりずっと大きく、地球とほぼ同サイズだった可能性を示唆していました。

実は同じアリゾナ州立大学に所属する研究者のスティーブン・デッシュも2019年に月の石の研究から、テイアのマントルは、現在の地球より約2%~3.5%密度が高いと報告する論文を発表していました。

この研究の中で、デッシュもテイアは火星サイズではなく、地球とほぼ同サイズだった可能性に言及しています。

2つの研究が示す結果は一致していました。

これは地球の地下深くに潜むLLSVPsが、はるか昔に地球に衝突し月を誕生させた原始惑星テイアの残骸である可能性を示唆しています。

もちろん、LLSVPsはマントルの奥にあるため、それを直接見ることはできないため、実際はどのような構造物なのかはわかりません。

巨大な塊ではなく、チューブのような構造の集合だと考える研究もあります。

そのため、これが確実な答えと言うことはできません。

それでも、マントルの奥深く、地球のコアの周りに、かつて月を生み出したテイアの残骸が沈んでいるというのは、非常にロマンあふれる興味深い話です。


参考文献

Remains of impact that created the Moon may lie deep within Earth(Science)

元論文

GIANT IMPACT ORIGIN FOR THE LARGE LOW SHEAR VELOCITY PROVINCES.


提供元・ナゾロジー

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