臓器の体外治療が人の命を救いました。

スイスのチューリッヒ大学(University of Zurich)で行われた研究によてば、提供された「損傷や病変のある肝臓」を体外で治療し、別の患者に移植する試みが世界で初めて成功した、とのこと。

摘出された肝臓はチューブを介して自律型の人工臓器群に接続され、3日間にわたる治療を行った後に、患者に移植されました。

移植後の経過も極めて順調であり、移植を受けた患者は1年後の現在も健康に過ごしているとのこと。

「臓器の体外治療技術」が普及すれば、移植には不適格とされた臓器を健康な状態に補修し、希望者に届けることができるようになるでしょう。

研究内容の詳細は2022年5月31日付で『Nature Biotechnology』にて掲載されています。

目次
せっかく提供された臓器も「不合格」になることがある
自律型人工臓器群が肝臓の長期保存を可能にする

せっかく提供された臓器も「不合格」になることがある

摘出した肝臓を機械に繋いで3日間「体外治療」し移植することに成功!
(画像=せっかく提供された臓器も「不合格」になることがある / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

現在における臓器移植の最大の問題は、提供される臓器が圧倒的に不足している点にあります。

この不足は、臓器提供の意思を示してくれる人数の絶対的な不足に加えて、提供された臓器の質も大きく影響していました。

例えば臓器に少しでも腫瘍の形跡が確認された場合、良性か悪性の判断をされる前に不適格とみなされ廃棄されてしまいます。

既存の技術では臓器を体外で維持できる時間は12時間前後と限られているため、腫瘍の判定を行う時間的猶予がないからです。

また提供された臓器が物理的に損傷していたり細菌感染している場合も「不良品」とみなされ、廃棄の対象になえます。

臓器移植は発展途上の技術であり不確実性も高いため、移植にGOサインが下される臓器は健康上の問題がない「優良品」に限られていたからです。

そのため、ただでさえ少ない臓器がさらに絞られて、多くの人々の命が失われていました。

そこで今回、チューリッヒ大学の研究者たちは移植可能な臓器を増やすために「不良品」とされた臓器を長期保存すると同時に、体外で治療する技術を開発することにしました。

(注:次ページはチューブにつながれた臓器の写真があります)

自律型人工臓器群が肝臓の長期保存を可能にする

摘出した肝臓を機械に繋いで3日間「体外治療」し移植することに成功!
(画像=自律型人工臓器群が肝臓の長期保存を可能にする / Credit:USZ . World Premiere: Successful Transplant of Human Liver Treated in Machine、『ナゾロジー』より引用)

技術の開発にあたって重視されたのは、可能な限り体内環境を再現することでした。

そのため研究者たちは、拍動を再現する人工心臓・酸素を吸収し二酸化炭素を排出する人工肺・透析機能を備えた人工腎臓・血糖を感知してインスリンを分泌する人工膵臓・呼吸にあわせて上下する人工横隔膜などを組み合わせた複合人工臓器を組み立て、テストに挑みました。

それぞれの人工臓器はこれまで単独で人間の命を維持するために使われていましたが、組み合わせることで実際の体内環境に近づくことが可能になります。

テストの対象になったのは、敗血症を患っていた29歳のドナーから提供された肝臓の一部でした。

通常、提供された臓器は即座に希望者への移植が行われます。

しかし、このドナーから提供された肝臓片は細菌感染を起こしており、さらには内部に小さな腫瘍が確認されたために、移植用として不適格と判断され破棄寸前の状態にありました。

研究者たちは連絡を受けると、この肝臓片(不良品)を素早く回収。

摘出した肝臓を機械に繋いで3日間「体外治療」し移植することに成功!
(画像=肝臓を人工臓器につなげるために複数のチューブがとりつけられた / Credit:Pierre-Alain Clavien et al . 2022 . Nature Biotechnology、『ナゾロジー』より引用)

そして上の図のように輸血液とチューブを介して人工臓器群と連結し、3日間にわたるテストが開始されました。

テストでは肝臓片の動脈側から酸素と栄養を含んだ輸血液が供給され、静脈側からは二酸化炭素と老廃物を含んだ血液が輩出され、人工肺と人工腎臓による処理をへて再び動脈側へと循環を繰り返します。

また食事の時間にあわせてブドウ糖が血中に加えられると、人工膵臓が血糖値を検知してインスリンを分泌し、肝臓に糖分の取り込みを命令しました。

さらに肝臓片の底には呼吸を再現するように上下を繰り返す人工横隔膜が設置され、肝臓への物理的な支えを再現します。

これらの人工臓器は人間の細かな操作を必要とせずに、自律的に動作するようにプログラムされており、ヒューマンエラーを最小限に抑えることが可能になっています。

接続が確立すると、研究者たちは肝臓片が消化酵素や胆汁を正常に分泌しているかを監視しました。

すると、肝臓片は再生を開始しただけでなく、消化酵素も胆汁も順調に生産されていることが判明します。

次に研究者たちは事前に確認されていた内部の腫瘍を採取し、良性か悪性かの診断を開始すると同時に、循環する血液に抗生物質を投与し、細菌感染の治療をはじめました。

すると3日後には、腫瘍は良性のものであり、細菌感染も収まったことが確認できました。

この結果は、悪性腫瘍の疑いと細菌感染をかかえ破棄されるハズだった「不良品」の臓器が、時間稼ぎと体外治療(抗生物質)によって「優良品」になったことを示します。

体外治療が終わると、研究者たちは最後に実際の臓器移植にとりかかりました。