神戸港西エリアの老舗渡船店の河内渡船が、2022年4月5日に廃業した。今回の投稿は、河内渡船の思い出と足跡を残すにとどまらず、廃業の2日後に船長のもとを訪ねた私(筆者)が、船長から聞かされた思いもよらない貴重な話を織り交ぜて、神戸の沖防波堤の渡船再開への何らかのきっかけになればという思いも込めて綴らせていただきたい。
河内渡船の突然の廃業
2022年4月5日の昼過ぎ、河内渡船のホームページとツイッターに突然の廃業宣言が掲載された。マスコミ報道でよく見かける最後の営業日を経てのお別れ的な閉店のイメージとは全く異なる、宣言イコール廃業という気持ちのやり場もない衝撃的なものだった。
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ツイッターには廃業を惜しむ数多くのリプライが寄せられ、多くの利用客の信頼を得て愛されていた渡船店であったことを改めて実感したが、一方では事情が事情であったとはいえ、昭和の時代から営業を続けてきた老舗渡船店にしては、情緒が今一つ伝わって来ない、型にはまった文章を見て、違和感と喪失感が入り混じった複雑な気持ちに苛まれた。
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大阪湾の渡船店の変遷
大阪湾は昔から数多くの沖防波堤が設置されていたことから、釣り客を運ぶ渡船店も数多く存在した。ひかりのくに社が過去に発刊した釣り場紹介の書籍(※現在は絶版)には、大阪湾全体で古くは20軒を超える渡船店の存在が記されている。
しかし、その多くは年月を経るにつれ、次々と姿を消していった。廃業の主な理由は、船長の高齢化、船の老朽化、利用客の減少、沖防波堤の消失や立入禁止化といったもので、現在存在している渡船店は、比較的歴史の浅い新規参入店(大阪南港:夢フィッシング。神戸港東エリア:神戸渡船、谷一渡船)のほか、店主の交代や営業形態の変更(泉州・泉南エリア:岸和田渡船、葵渡船。武庫川周辺:武庫川渡船。神戸港東エリア:松村渡船。須磨・垂水エリア:渡船・須磨丸、垂水一文字渡船船長丸)、遊漁船業(釣り船)への進出(大阪北港:ヤザワ渡船)と、何らかの形を変えて今日に至っているケースが多い。
昔ながらの形態のまま営業を続けてきた渡船店、私の知る限りでは大阪北港:たまや渡船、武庫川周辺:久保渡船、西野渡船、そして今回廃業に至った河内渡船といった具合で、少数派である。
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河内渡船と私
私が初めて河内渡船を利用したのは高校生の時。以降、大学生の時も数回訪れ、社会人になって自分の収入と自家用車を手に入れたことで、本格的に通うようになった。
渡船利用の沖防波堤での釣りは、かなりのマイペースが許される陸からの釣りと異なり、船長と利用客との共同作業によって初めて安全で楽しい釣りが達成できる。「ウチは旅客船やねん!入口は通行できるよう開けて!」、「そこ荷物置かんといて!荷物はタナに置くか中に持って入って!」と勝手を知らない利用客を相手に毎度毎度叫ぶ船長に、「あんなキツい言い方しとったら、客はビビッて二度と来ぇへんでぇ」と苦笑する常連客の様は、セットで出船前のお約束のようなものであったが、この「旅客船」という言葉に込められた船長の思いの強さが、結果的に今回の廃業の一端になっていたとは、釣行前の船中で豊漁の妄想(※実現した事はゼロ)に浸る私には当然の如く知る由もない。
私にとって和田防波堤は釣りの技術と知識を育んだ道場であり、河内渡船は沖防波堤で釣りをする資格のある釣り人になるための社会道徳の学びの場であったように思う。阪神・淡路大震災と幾度の大型台風による大打撃も乗り越え、他の渡船店が廃業した後も、河内渡船は神戸港西エリアの和田防波堤・沖の新波止、ポートアイランド赤灯波止の3つの沖防波堤に多くの釣り人を運び、釣りの楽しさと喜びを下支えする役割を担い続けてきた。
へっぽこ釣り師の私も、何度かホームページの釣果情報に掲載された一方で、少しでも宣伝になればとの思いも込めて、かつては新聞版の週刊つりニュース関西版のAPC、今はTSURINEWSのウェブライターとして、釣行記の投稿を続けてきた。
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釣り人に信頼される渡船店
利用客に好条件で渡船営業を行う他店の進出により最盛期に比べれば客足は幾分か遠のいたものの、経験豊富で気骨のある船長と家族・親族の親切な接客に絶対的な信頼を寄せる多くの常連達は、言わば岩盤支持層と化してかわらず河内渡船を利用し続け、そこに一見の利用客がリピーターとして加わるという新たな好循環も生まれつつあった。
四季折々の釣り物に魅了され、渡船店との歴史もともにしてきた私にとって、今回の突然の廃業は、残念とか惜しいとかにとどまらず、かわりの効かない物を失った喪失感でいっぱいである。
船長が語った無念と知られざる事実
廃業の2日後の4月7日の午後、長年お世話になった感謝の気持ちを伝えたいという純粋な思いと、私の中でくすぶり続けていた謎を解き放ちたいという思いを持って、河内渡船を訪れた。
閉ざされたシャッターに貼られた閉店の貼り紙に書かれた言葉は、ホームページ以上に情緒の伝わって来ないわずかなものだった。店での知らせがたったこれだけなのかとやりきれない気持ちを抑えて裏口から声をかけると、ご家族の方が出てこられた。突然の訪問の理由と感謝の気持ちを告げると、船長は船着場で作業をしているとのこと。船着場まで行くと、閉ざされたフェンスの奥で船長は船で作業をしていた。
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船長の無念
フェンス越しの私に気づいた船長は、一度も見たことのないマスクにスーツ姿の著者に最初は戸惑いを見せたが、程なく「あ!」と私だと判ってフェンスの中に招き入れてくれた。二人きりの思い出話が始まると、「いきなりこんな事になってしもて……」、「突然なんやな……」、「もう出来なくなった」と、船長が口にした無念の思いを聞き、ホームページやシャッターの貼り紙の字面だけで抱いた感情は完全に消え去った。
船長は断片的に、廃業に至った経緯を話してくれた。私は「平成27年8月に旅客船事業の許可を何で取り下げたんですか?旅客船事業許可を今も持っていたら、行政と堂々と話が出来たんちゃいますの?」と、くすぶっていた謎をストレートに尋ねると、予期せぬ答えが帰って来た。
「旅客船の許可は今もあるんやで。定期事業を取り下げて、不定期に移ったんや。旅客船は不定期で、他と同じように遊漁船のほうで渡船をやってくれって、向こう(※行政)から言われたんや。その時は『これで渡船は出来る』という話やったのに、突然アカンって……。」
神戸港東エリアとは違う事情
河内渡船は今も国からの許可を持ち続けていたことを初めて知り驚いたが、続いて私はもう一つの謎として「船長には他の渡船と一致団結して、行政と協議して、沖防の復活にもうひと頑張りしてほしかったんやけどなあ……」と水を向けてみた。
船長の答えは「向こう(※神戸港東エリアの各渡船店)とウチとは違うんや。こっちはこっちで別の組合があってな」と、かつて営業していた神戸港西エリアの渡船店と、旅客船事業許可を持っていた神戸港東エリアの1軒の渡船店とで組合を作っていた経緯を話してくれた。
船長は現在行政と協議に臨んでいる他の渡船店とも連絡を取り合い、情報交換も行っていたことは知っていたが、旅客船事業者として活躍を続け、組合も設けていたという過去の経緯が結果的には仇となって、一致団結とまでは踏み切れなかったようだ。
旅客船と乗船場の足場は解体処分
「アカンならアカンで、いきなりやなくて、もっと前から話をして、それからどうするかという順番ちゃうかなあ」と語る船長の根底にあったのは、過去の経緯が尊重された納得のゆく協議を望む強い思いだった。
「今この船を新造したら、5000万円あってもでけへんで」と語る自慢の旅客船は、乗船場の足場と共に解体処分するとのことだ。様々な貴重な話が聞けた場となったが、これ以上深入りしてはいけないと自制して、最後に改めて感謝の気持ちを伝えるとともに、この日の話も含めた河内渡船の事をTSURINEWSに書き残す事への許しを船長から得て、その場を離れた。
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当然の事ながら、船長には船長の言い分が、行政には行政の言い分がある。ボタンの掛け違えと言われればそれまでだが、長年、国から許可を得て、行政の意向にも従い、組合も設けるといった、一貫して筋を通して渡船業を続けてきた河内渡船の廃業という結末には、私としてはやりきりない気持ちが今なおぬぐえない。
行政と渡船店との協議のその後
以前の投稿で、神戸の沖防波堤の立ち入り禁止化の一方で、渡船店と行政との協議が行われていることを書き記したが、2022年4月9日時点で、大きな進展はない。しかし、明るい材料もある。
協議に臨んでいる神戸渡船のホームページには、TSURINEWSの紹介とともに、朝日新聞にも記事が掲載されたことが紹介されている。釣り人の間でも、SNSを中心に、何とかしたいという思いとともに、釣り人にも反省すべき点があるとの意見を数多く見かけるようになり、世間の関心は間違いなく高まりを見せている。
世間の声に行政が動いた事例は、釣りに限らず様々な場面で皆様も見聞きしていることと思う。実は河内渡船の船長からも、先ほどまでの話以外にも、次のような話が聞けた。「●●は、ワシら(※渡船店)に渡船をさせてあげたかったみたいなんや」。「●●は組合が強く交渉して、OKを貰ったと聞いた。」いずれも河内渡船の船長の話として割り引いて捉えるべきであるが、渡船店同士の足並みを揃えた体制づくりが渡船再開のカギだという印象を受けた。
ちなみに後者の話は、神戸市港湾局管轄の沖防波堤ではなく、照会を行ったのは神戸市港湾局とは別の機関なので、その沖波止に不可逆的結論が下されたものとは断定出来ない。真実はそこでの当事者同士のみが知るところだとご承知いただきたい。
私達釣り人は引き続き、渡船が再開されることをひたすら願いつつ、当事者同士の今後の協議を静観するしかないが、可能性はあると信じたい。河内渡船の廃業がいわゆる無駄死に終わることなく、何らかの形で、わずかでも渡船再開につながればという思いを込めて、協議の行方を見守ってゆきたい。
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<伴野慶幸/TSURINEWSライター>
提供元・TSURINEWS
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